《canbaluc daidu》.pdf

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国際研究論叢 24(2):225〜250,2011 研究ノート カンバルク 大都 1 ―マルコ・ポーロの東方(3)― 高 田 英 樹 Canbaluc Daidu   ―Orient of Marco Polo (3) ― Hideki Takata キーワード マルコ・ポーロ、カンバルク、大都、フビライ 0.はじめに  その書では、シャンドゥ(上都)に至るまでの往路の部の後に続く三十章(Ch.76〜105)は、 グラン・カン・フビライの偉大とその都カンバルク大都の栄華に当てられる。対ナヤン戦 の勝利から始まって宮殿・祭礼・都城から統治・狩猟・施政まで、大小の誤りと不正確と 粗と雑を含みながらも、しかしそれを補って余りある大小の事実と正確と精と細を併せ 持って、史料的価値の最も高い部分である。全てがそうであるといっても過言ではないの だか、この部にも紙幣や駅伝システム等、歴史に残る記事が見える。現北京の原型を形作っ たとされる、フビライによって建造されたばかりの大都カンバルクの都城と宮殿を華やか に描く箇所も、またその一つである。その最深部に位置する宮殿の奥にまで及ぶ筆の跡は また、グラン・カンに寵愛されその側近くに仕えたという作者の自称を検証するに格好の 部分でもある。  その都は、至元4年(1267年)に建設が始まり、10年掛って大城壁(外城)ができ、至 元20年(1283年)には一応の完成を見たという。ポーロの上都着は1275年夏頃と見られる から、彼らはそれが建設されてゆくのを目の辺りにしたことになる。また1290年末か91年 初に泉州から出帆するまで、使者として諸方に赴いたと言う時以外は、その地で多くの時 を過ごしたことであろうとすれば、これら記事はそれの直接の目撃情報であり、かつ最も 早いものとなる。今はいくつかの遺跡が残るのみですっかり姿を消してしまったが、明代 その跡に建設されて今に続く北京の街と当時の復元図が、検証を援けてくれる。2  記述は、大君の宮殿(Ch.84)大都の街(Ch.85)城外地区(Ch.95)の三つの章に分か れてある。同書は、F 系稿本と Z・R で内容を様々に異にするが、ここでも例外ではなく、 * たかた ひでき:大阪国際大学人間科学部非常勤講師〈2010.10.1受理〉 225 国際研究論叢 R は多くの点で F と大きく異なる。名高いアフマド事件の記事(Ch.85- 1)は、R にしか ない。Z はこの大都の部のほとんどを省略しているため、これらの章を持たない。他の主 要稿本 FG・TA・VA・P は基本的に F と一致するため、特に注目すべき異なりのあるとき 以外は取り上げない。したがってここでは、F と R を対校してその異同を検討する。こ れらの記事でのとりわけ大きくまた明瞭な異なりは、その因って来たるところとひいては 本書の成立過程を推し量る好個の材料を提供する。テキストは、写本原文の転記は F の みとし、R は印刷本のため和訳のみを掲げる(太字は相互の異なりを示す)。3 1.宮殿(Ch.84) 1)F:Bibl. Nationale de France, Paris, Ms.fr.1116 (f.38va24-39va14) 4 1

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