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学校知の身体技法実践知の身体技法
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大阪市立大学生活科学部紀要・第43巻 (1995)
学校知の身体技法/実践知の身体技法
わ ぎ
技芸としての美術教育
中井孝幸
BodilyTechniqueinKnowledgetransmittedatSchool/
BodilyTechniqueinTacitKnow一edge
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TAKAAKINAKAI
Ⅰ.序 論 ところが,今日 (一世代後)の泳法ではその教育方法は
- 身体技法とは何か まったく逆を辿ることになる。すなわち,子どもを水中
で眼を囲いたままにしておくのに慣らすことから一切の
「我々の日常生活は,当事者による自覚の有無にかか 泳法が開始されるのである。モースに言わせると,今日
わらず,膨大かつ驚くべき多様なミクロの技能の集積の の泳法は,まず何よりも子どもを水に馴れさせることで,
上に成り立っている。」 [福島真人,1995;1]つまり,私た 彼から水の恐怖を取り除き,安心感を作り出し,休止と
ちは日常の些細な行為(技能または技法),例えば食べる 運動を選択させることを企図している。
こと,服を着ること,靴を履くこと,歩くこと,寝るこ 以上は潜水の技法とその教育方法の変化についてであ
と等々を行うにあたっては透明な円滑さのあまり,その るが,さらに泳法については-世代間により顕著な変化
行為 (技能)そのものを自覚することはあり得ないが,` が見られる。すなわちそれは,平泳ぎと頭を水面に出し
それでもそれは暗黙的で,かつ驚くべき広がりと複雑さ た泳ぎからクロールへの変化である。前者の泳法は「わ
や豊かさを持っているのである。 れわれの時代の特殊な身体技法」 [ibid.;124]であり,
見方を換えれば,.私たちが通常,自明なものとみなし 後者の泳法は「改良された体操術」 [ibid.]にほかなら
ている,これら身体に関わる諸能力は,アプリオリなも ない。しかも,前者の泳法が主流であった頃,泳ぎ手は
の,として最初から私たちのなかにビルトインされている 自分を汽船のように見立てていたため,水を呑み込んで
わけではなく,ある特定の民族や文化や社会のなかで経 吐き出すという慣わしがあった。しかし,後者が主流に
験を通じて形成されていくものである。このように,「人 なるにつれて,こうした慣わしもなくなった。それでも,
間がそれぞれの社会で伝統的な態様でその身体を用いる 前者の泳法について教育を受けたモース自身は,こうし
仕方」[Mauss,1968-1976;121]をM.モース(Mauss・,M.) た慣わしや技法から脱することができないと述べている。
は「身体技法」 (techniquesducorps)[ibid.]と呼ん しかも,身体技法の範囲は,泳法の技法に留まらず,
だ。しかも,モース自身の述懐によると,この 「身体技 すべての民族や文化において汎通的,普遍的(超歴史的)
法」は,同じ民族,文化,社会でも時代とともに,推移 であると思われる眠り方や歩き方にまで及ぶ。例えば,
していくものなのである。
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