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二〇世紀への転換期イギリスにおける国家福祉と自由 —Ａ?マーシャルの「労働者階級の将来」論文を中心に— 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　 　　　山本 卓　（y-taku@mxb.mesh.ne.jp） Ⅰ. はじめに Ⅱ. 労働者階級の福祉と人格陶冶 １. J?S?ミル ― 人格陶冶を通じた福祉の向上 ２. マーシャルにおける労働者階級の「ジェントルマン」化 1) ミルの「自立の理論」との連続性 2) 職業を通じた人格陶冶 (a) 職業と人格陶冶 (b) 範型としての組合員労働者 (c)「過重労働」の問題 Ⅲ.「自立の理論」に基づく福祉観の脱自然化 １. ミル ―「労働の節約」と人口の問題 1) 機械による過重労働の解消 2) 人口の問題 ２. マーシャル ―政治経済学の内部における社会問題の定位 1) 方法論的ユートピアの構想 2)「空想上の国」―機械による過労縮減の理論の発展的継承 3) 過重労働の問題と「ジェントルマン」の民主化の視座 (a) 脱自然化 (b) 政策的主題としての再設定 Ⅳ. 感化型の階級上昇促進案 1. 組合主義の再合理化 ― 階級上昇の為の受け皿創出 2. 学校教育の強制化 ― 個人に対する階級上昇の為の条件整備 Ⅵ. おわりに Ⅰ. はじめに 二〇世紀初頭のイギリスにおいて立ち上がった社会保険制度がどのような福祉についての考え方に基づくものであったかという問題について検討される際、一八八〇年代に重要な位置づけが与えられて来た。この時期、第一に、政治的イデオロギーとしての社会主義の影響力が増す中で、労働者階級の福祉という問題が自由主義にとって切迫したものとして浮上した。また第二に、自立的な労働者の間に貧困が存在し、その他の労働者も容易にそうした状態に転落する状態にあると結論づけるＣ?ブースの社会調査が、説得力を持って当時の社会に受け止められた。さらに第三に、体制の周縁に位置されて来た下層労働者階級を中心に、労働条件の改善を主張するいわゆる「新組合主義」の運動が勃発したことで、従前の自由主義の体制が顕著な動揺に見舞われた。そして、社会保険制度の背景としてあった福祉の考え方とは、こうした八〇年代の後半以降の問題状況に自由主義として対応する動きの中から生まれて来たものであるとするのが標準的な解釈であると言える 貧困や失業をめぐる問題を中心に、二〇世紀初頭の議論と連続性を持つ福祉の政策面についての議論が本格化したのが一八八〇年代後半からであったことが示すように、この時期以降の展開が社会保険制度という形を採ることになる福祉の考え方に少なからぬ意味を持ったことは確かである。従って、自由主義的な福祉の考え方が八〇年代の後半以降に新たな局面を迎えたことを前提に、この局面における一連の議論の文脈上に社会保険制度が下敷きとした福祉の考え方が位置づけられることになる上のような捉え方は、多くの点で方法論的な妥当性を持っている。その一方でそれは、当時の福祉の考え方は八〇年代の契機を如何なる形で受け止め、またそこで抱える事になった内在的問題はこの時期以降の議論とどのような対応関係にあったかという問題を必ずしも十分に明らかにするものではない。しかし、社会保険制度の構築へ向けた過程の中で八〇年代の契機が持つ重要性を認めるのであれば尚更に、上の問題に検討を加える必要があるのではないか。そしてその検討は、二〇世紀初頭に形成されたこの制度が基づく福祉の考え方を、福祉国家における統制と自由という問題も含む歴史的な文脈に即して理解する上で不可欠なものではないか。 本稿ではこのような問題意識のもと、一八八〇年代的な問題状況に対して一定の適応性を有する、この時期より以前の福祉の考え方がどのような性格を持つものであったかという問題を検討する。その上で、八〇年代的契機の、そうした福祉の考え方による内在的な把握の要点を、この時期以降の展開を視野に入れて整理することを目的とする。 上で述べた問題意識と問題設定に基づき、本稿ではアルフレッド?マーシャル（一八四二～一九二四年）の「労働者階級の将来」論文を中心的に取り上げ、分析する。この論文は、彼の福祉の考え方を最も明示的に示すものの一つであり、またそうした考え方に基づき政治経済学を再編成する最も初期の試みの一つとして捉えられる。この時代の政治経済学とは、政治的、学問的に衰退ないし混乱の兆しを見せ始めていたものの、「広範な世論と公的な活動を方向付ける暗黙の社会秩序や目的の基礎を提供する」機能を果たすイデオロギーと「政策の理論」としての使命を依然として継承する自由主義の知的結晶であった。こうした政治経済学を再編するマーシャルの試みは、その下敷きとし