比較文化史の視点から西村祐子.pdf

－ 65－ 英国における皮革業の社会史： 比較文化史の視点から 1 西　村　祐　子 はじめに：日本における伝統的職業としての皮革業 1．欧州におけるギルド 2．英国における皮革職人の社会的地位 3．細分化されている英国の皮革関連ギルド 4．英国における皮なめし手法の変化 5．オーク樹と動物の糞尿に関連する呪術性 6．国家と闘う 16－ 7世紀の英国皮革業界 終わりに :　浄?不浄の思想と皮革業 附録：アルザス地方の革となめし職人　（中尾雪絵　抄訳） 1 本稿は 2012年－ 2015年度科学研究「移民流入と伝統的低位職の地位変更に関 する考察：比較研究の視点から」課題番号研究成果の一部として発 表するものである。本稿のもととなった調査においてインドでは　All India Skin & Hide Tanners & Marchants Association の Mohammed Hassan氏、および Central Leather Research Institute の Dr. Giriyappa研究員、ドイツでは　オッフェンバッハ Leder museumの Dr. Rosita Nenno,フランスアルザス地方の調査ではナント大学非常勤講 師の中尾雪絵博士、イギリスでは　University of Northamptonの Institute of Leather for Creative Leather Technologies の Dr. Rachel Garwood、Dr. Roy Thompson 、Dr. Mike Redwood, Dr. R. Highamら数多くの研究者および皮革関連博物館理事らからの研究支 援をうけた。また日本では本研究調査中に故人となられた中尾健次大阪教育大学教 授、皮革研究家として独自の研究を続ける柏葉嘉徳氏、歴史家の永瀬康博氏らに多 くの情報提供と指導をうけた。記して謝辞としたい。 － 66－ 西　村　祐　子 はじめに：日本における伝統的職業としての皮革業 日本において世襲職としての皮革業（皮なめし）には様々のタブーが存在する。 幾世紀もの間マイノリティとして社会的差別を受けてきた地域社会（「同和地 区」）に関連づけられ、今日でも同地域の出身者への差別が社会問題となって いる 2。 　屠殺業や皮なめし業についてのタブーは日本以外の地域にも存在した。例え ばインドではこれらの職業は不可触カーストが携わる職業のひとつとされてお り、Higham（1998）は現在でも皮革業に関連する産業が集中している州（パン ジャーブ、U.P.、西ベンガル、タミルナードゥ）における登録カースト（前不可 触カースト）の集中度は他州に比べて高いと指摘している。 呪術的治癒力と低位な社会的地位 人種としての「清浄さ」が社会的な地位によっていた古典的ユダヤ社会では 2000年以上前から職業についても格差をつくっていた。卑しいとされる職業 がトーラ （ーユダヤ教の聖典）にリストアップされており、車夫や羊飼い、屠 殺人、などとともに皮革業に携わる皮なめし人や皮剥ぎ人も卑しい職業として 挙げられていた 3。現在の日本でもこれらの職種に携わる人々は社会的な差別 をうけている 4。これらの職種の人々に共通するのは、儀礼的に不浄とされた り、社会的に評価が低い卑しい職種であるとみなされ、近代にいたるまで市中 2 たとえば同和地区で聞き取り調査をした折でも明確に同和地区に住む人々自身が 「一般地区」出身であるかどうかを尋ねることがあり、両者の区別が厳然として同和 地区の内と外の両方に存在することを物語っている。また、インターネットの普及 に伴い、結婚?就職関連での差別等に加え、インターネットの掲示板などにおける 中傷問題が増えているというデータもある。詳細は部落解放?人権問題研究所サイ ト（/nyumon/aitsugu/nyumon_aitsugu.htm）参照。 3 居住が定まらない羊飼いらは不正直で信用ならない人々であるとされる一方、屠 殺人はすでに 2世紀にはギルドをつくり、エルサレムの市内に居住が許されていた。 宗教施設とタイアップした供犠による肉の消費にかかわっておりラバイのなかにも 肉屋の息子がいるほどだった（Higham 1998）。 － 67－ 英国における皮革業の社会史：比較文化史の視点から や村内に住むことすら許されない状況におかれてきたことだった。伝統的な世 襲業としてこれらの職種に携わる人々は社会のアンダークラスとして経済的に 搾取され続けてきたのである。 　ヨーロッパでも中世から近世においても皮革業種に携わる人々にはタブーが つきまとっていた。皮なめしや皮