天神川治水堤防.docVIP

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  • 2019-08-18 发布于北京
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天神川治水堤防.doc

2 天神川治水堤防 改修前の天神川堤   当時天神川東岸には堤防らしきものはなく、耕地の護岸をもってこれにあてられており、別に 防の状況      川から1?200間隔てたところに、「内堤」と呼ばれる治水堤防があって、非常水災に備えられていた。            (註) 古老曰ク此ノ内堤ハ南条時代久米郡ノ堤ト水ヲ盛リテ築造セシモノナリ、追々寄州ヲ               開キ耕宅地トナシタルヲ以テ平時ハ格別必要ナラザル観アルモ一旦洪水トナラバ始テ大               必要ノ感ヲ起ス何トナレバ久米郡ノ堤上ニ満溺スレバ内堤ノ上ニモ暴漲スレバナリ 天神川内堤をめぐ   ところが水災復旧にあたり、この「内堤」を治水堤防として、地方税負担とするか否かをめぐ る県と地元の争論  り、地元と県当局の間に意見の食い違いがおこり、大きな問題となった。            ことの発端は、田後村の水防費にあった。明治26年10月14日午後9時半頃、同村南方の「内堤」2ケ所が決潰したため、水はたちまち全村を水浸しにし、ついで濁流は内堤を7ケ所ばかり破壊しようとしたので、同村区長指揮のもと、村民が懸命に水防にあたった。水害のあと高見国蔵区長が、長瀬村長に報告した「水防費取調書」によると、この日調達された水防資材は、土俵397俵、土俵打留のための杭木285本その他で、合計18円54銭を費し

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