大阪市立科学馆研究报告第22号2012年p.5-12.PDF

大阪市立科学館研究報告 22, 5-12 (2012) ゴッホ作「ローヌ川の星月夜」に描かれた星について 石 坂 千 春＊ 概 要 Ｖ．ファン・ゴッホ作「ローヌ川の星月夜」（オルセー美術館蔵；1888年9月）に描かれているのは北斗七 星だと長年思われてきたが、今回、新たに天文学的考察を加えた結果、別の星「秋の大びしゃく」を描い た可能性が浮上したので報告する。 1. 見えないはずの北斗七星 これまでの研究では、ゴッホは南西の方角を向いて 「ローヌ川の星月夜(Starry Night over the Rhone)」 地上の風景を描き、星空については9月下旬の22 時 という絵( 図1)をご存知だろうか？ 頃の北北西の方角を描いた、と解釈されてきた(たとえ 星空を描いた数少ない画家の一人であるＶ．ファ ば[3])。 ン・ゴッホ(1853.3.30- 1890.7.29)[1]が1888年9月下旬、 南フランスのアルル( 北緯は北海道と同じ43度くらい) で描いた作品である。 絵の中央には“ひしゃく”の形に並んだ7つの星「北 斗七星」が描かれているが、実はこの絵は、ローヌ川の 東岸から南南西～南西方向を臨んで描かれたことが 分かっている [2] ( 図2)。したがって、本当は、この絵 のように北斗七星が見えることはない。 図 1 「ローヌ川の星月夜」 図2上：「ローヌ川の星月夜」を描いた場所下： (ファン・ゴッホ1888年、オルセー美術館蔵) 現在の様子(いずれもGoogle Mapより) 1888年9月28 日付の弟テオへの手紙の中に、 “黄色い家”から100mほど北西のセゴノー 「ローヌ川の星月夜」についての記述があ 通(ローヌ川東岸)から南西方向を臨むと、 る。南仏アルルのローヌ川の東岸から南西 手前に船着場があり、右奥にはトランタイ 方向を臨んだ構図で描かれている（右奥が ユ橋が見える。正面に小さく“塔”が見え トランタイユ橋）。 る。ローヌ川は北から南西に流れの向きを 変えている。街灯も当時の面影を忍ばせ * 大阪市立科学館学芸課/ 中之島科学研究所 る。 http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~ishizaka/ - 1 - 石坂 千春 しかし、なぜゴッホは、別々の方角の空と地上を一 て描いたものだろうか？ つの絵にまとめたのだろう？ 第1章で述べたように、「ローヌ川の星月夜」では、 秋、南西、ひしゃく星…ふと「ローヌ川の星月夜」に ひしゃくの形に並んだ7つの星・北斗七星が正面で目 描かれた星についてひらめいたものがあったので紹介 をひく。 したい。 しかし、北斗七星(おおぐま座のお尻からしっぽにか けての7つの星) はその名のとおり、常に北よりの空にあ ２．ファン・ゴッホについて