武士道(じめに).doc

はじめに。 「なぜ武士の身体と心を格好いいと思ってしまうのだろう」これが武士道精神をテーマに選んだ最初の理由である。源義経にみる判官びいき、「真田十勇士」を誕生させるほどに人を惹きつけた真田幸村、「忠臣蔵」の大石内蔵助ら四十七士、そして新撰組など、今なお根強い人気を誇り、語り継がれる武士たちがいるのは明らかである。私自身そうなのだが、いつの時代も人は少なからず武士に何か心惹かれるものを感じるのではないだろうか。武士の身体と心、それこそが武士道精神である。しかし、武士道精神とは何なのかを突き詰めて考えると、よく分からないというのが本音である。それは時代時代で変わっていくものだと感じる。 　また、最近、新聞で「社会の信頼関係の崩壊」を危惧した記事を多く目にする。個人の顔が見えない匿名社会、地域社会の流動化などと様々であるが、どの記事も共通して人と人とのコミュニケーションのあり方、倫理観の重要性を説いている。その中で今、注目を浴びているのが武士道精神なのである。日本に必要なのは武士道精神や惻隠の情であると訴えた、藤原正彦の著書『国家の品格』がベストセラーになったのは記憶に新しい。 今日、あらためて国家やナショナリズムが問われる中で、武士道精神は再評価されている。そして、それに呼応するように、武術や武士道精神への人々の関心が高まっている。なぜ今、武士道精神なのか。この風潮は何を意味し、私たちに何をもたらすのだろうか。 　本論では、まず第1章において武士道について考察する。第2章では、現代社会の世相として、当たり前と信じていたことが次々と裏切られる「信頼喪失社会」、第3章では、希望が消滅していく「希望格差社会」の二つを取り上げ、武士道精神と絡めて見ていく。そうした問題を考えながら、武士道精神が私たちに伝えるもの、更には現代における武士道精神なるものを見出していきたいと思う。 武士道とは何かについて、武士道の古典であり、その名を世界中に馳せさせた新渡戸稲造の著書『武士道』を検討する。つづいて、それではその武士道が、何故維持されたのか、というちょっと大きな視点から、歴史社会学の観点から一説を紹介する。そして最後に、武士道の現代的意義として、私自身がどのような形で武士道的なものを採り入れているかを検討してみます。 これで、現代的意義といえるのかは少し疑問かもしれませんが、それはこの後の討論にて白黒をつけましょう。 第一章　新渡戸稲造の武士道 まずは、１８９９年に英語で書かれた（→日本の道徳を海外へ紹介するため）新渡戸稲造の著書『武士道』をもとに、武士道がどういうものとして受け止められているかをみる。 なお、新渡戸稲造は、北海道、十和田市の出身で、学生時代から内村鑑三と親交を結び、キリスト教徒となり、東大を退学して渡米後、キリスト教の一派であるクウェーカー教徒となった。１９２０年からは６年間、国際連盟事務次長を勤めている他にも様々な業績があり、隠れた偉人といえる人物である。 　 新渡戸の『武士道』はそれまでの「武士道」とは全く異なったものであった。武士道を“日本人の伝統的精神”とし、西洋の人々に日本を紹介するため、西洋の視点から日本文化を見つめ、比較しながら弁護するというのが新渡戸の『武士道』の立場である。評論家の岬龍一郎は、「新渡戸は、日本人の伝統的精神を集大成するにあたって、『人の道』である武士道と『神の道』であるキリスト教を比較しながら、いまだ成文化されていなかった武士道精神を“日本の伝統的精神”としてとらえ直し、日本人の道徳規範の書、すなわち『和製聖書』を世界に見せようとしたのではないか」3と述べている。それもそのはず、新渡戸が『武士道』を書くに至った動機が、ベルギーの著名な法学者ド?ラヴレーに宗教教育なくして、どのように道徳教育を授けるのかと問われたことだということは有名な話である。ゆえに、新渡戸の『武士道』は日本古来の「武士道」とはほとんどつながりはないとされる。そのため、あまり日本史に詳しくない新渡戸が自己の脳裏にある「武士」像をふくらませて創り出した、一つの創作として読むべき書物であって、歴史的な裏づけのあるものではないとも言われている。 それでは、なぜ今日「武士道」に関する書物と言えば、新渡戸の『武士道』がまず挙げられるのか。それは新渡戸の記した『武士道』が“人の道”を説いた道徳規範の本であったからだと考える。第二次世界大戦後、軍国主義に密着していたほとんどの「武士道」論が消え去る中で、人間としてかく在るべきという倫理道徳観を説いた新渡戸の『武士道』は普遍性と、時代時代に応じて姿を変え、対応していく柔軟性とを併せもっていたため、人々の意識のどこかに留まることができたのではないかと感じる。つまり、新渡戸の『武士道』は決