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安部公房『砂の女』は、是迄、佐々木基一氏を始めとする論者により、変革者誕生の物

語として捉えられて来た。が、この理解では、後の作品との繋がりが不明瞭となる。本

稿では、筆者なりの『砂の女』分析を通し、当作品が、定着を当然と見做す固定観念か

ら解放された人間誕生の物語であると結論した。この理解に立つことにより、辺境か

ら内なる辺境へと進む安部の歩みにおける、当作品の持つ意味が明確となる。

先行研究

「『砂の女』は、変革者誕生の物語などではなく、定着観念から解放された人間誕生の

物語なのである。更に付言すれば、定着観念から解放された人間は、自らの選択によ

り、自らの望む場所へ自由に移動することを指向するが故に、必然的に、言わば積極的

な失踪者の前身という性格を持つことになる『砂の女』は、このような、積極的失踪者

の前身と言い得る人間誕生の物語とも言えよう」（裕之『「砂の女」論―その意味

と位置―』）13などのような論説は、作品の主人公が砂の世界で「砂」という壁と抗争

していることを指摘し、そのような主人公を、変革者ではなく積極的な人間として認め

ているのである。

裕之(1986).「「砂の女」論―その意味と位置―」.等編.『安部公房「砂の女」

作品論集』近代文学作品論集成19.クレス出版.2003年6月25日.P.119

そのほかに、小林治は「花田の、砂について書くことは日常について書くことと同じと

いう洞察は、安部が『砂の女』で、砂という物質の特性をひとつひとつ明らかにしてい

くかのように文章を積み重ねていくスタイルをとっていることの重要な理論的背景とな

っていった」17と指摘している

小林治(1997).「「砂の女」の位相」.等編.『安部公房「砂の女」作品論集』近代

文学作品論集成19.クレス出版.2003年6月25日.P.204

一方、中国にも『砂の女』についての研究がさまざま行われている。中国

においての『砂の女』に関する研究は主に安部公房文学の実存主義思想に焦点

をおいたようである。中には葉渭渠の評論はより多く受けられている。「創作

といえば、この時期の日本の実存主義的な作品は資本主義社会の危機の下、人々

の孤独、人と人、人と社会、人と自然の疎外している関係を表現し、それによ

って、人と人、人と社会、人と自然の不調和を説明するのだ。また、意識を探

索する手段として使い、また探索する目的ともする。安部公房は代表的な作家

で、日本実存主義文学の先駆であろう」

[16]

というのである。

主にその実存主義に着眼して、寓意に満ちた創作手法や、人の存在する空間や、人間存在

などを論じ、『砂の女』のモチーフを明らかにしようとする方法である。また、『砂の女』

の表現方法、つまり修辞を取り上げて、それは作品の主題を反映するにはどのような役割

を果たしているかの論述もある。

『砂の女』を通じて、安部公房を研究する作家論は多く「故郷喪失者」をめぐ

って検討されている。精神的無国籍者といわれ、その孤独は「故郷喪失」と「故

郷渇望」とが表裏一体をなしている単独者の孤独だと言われている。一方、作

品論の中で、実存主義、失踪、砂の象徴意味などから出発して論じるのが多い。

「『砂の女』は、変革者誕生の物語などではなく、定着観念から解放された

人間誕生の物語なのである。更に付言すれば、定着観念から解放された人間は、

自らの選択により、自らの望む場所へ自由に移動することを指向するが故に、

必然的に、言わば積極的な失踪者の前身という性格を持つことになる『砂の女』

は、このような、積極的失踪者の前身と言い得る人間誕生の物語とも言えよう」

（裕之『「砂の女」論―その意味と位置―』）13などのような論説は、作

品の主人公が砂の世界で「砂」という壁と抗争していることを指摘し、そのよ

うな主人公を、変革者ではなく積極的な人間として認めているのである。