『フィシオログス』(ベルン318 番本) にする一考察.PDFVIP

『フィシオログス』（ベルン 番写本）に関する一考察 318 水 島ヒロミ はじめに クスト、私たち人類がかつてどこかで共有していた、しかし すでにおぼろげな、様々な神話や迷信に連なる民間伝承や、 　主に中世イギリスでさかんに作られた「動物譜 古代の著作家が書き残した種々の文字記録などから編纂 （ ）」のテクストを構成する重要なテクストの一つが されたテクストがまずあり、加えてそのキリスト教的な意味や Bestiary 『フィシオログス（ ）』である。私たちはあるテク 教訓が、聖書からの章句の引用とともに、もしくは章句を想 Physiologus ストのグループをこの『フィシオログス（自然を知るもの）』とい 起させるような言葉によって述べられている。言葉を換えれ う名前で呼んでいるが、いつ誰が書き残したテクストである ば『フィシオログス』は単なる道徳的な寓意の書であるにとど のか、著者は一人なのか、複数なのか、具体的なことは現在 まらず、キリスト教的な意味付けによって形作られたある種 も不明である。ただし、最初にギリシア語で書かれ、それが の世界観を示していると言えるだろう。もっとも、その意味を アルメニア語やシリア語など様々な言語に翻訳され、広く普 解き明かすはずのテクストは分かりにくく、当惑させられるこ 及したテクストであるという点については異論は出ないだろ とも多い。 う。一般的には『フィシオログス』のテクストは紀元2 世紀ご 　『フィシオログス』のいわゆる「ベルン318 番写本」（ベルン ろギリシア語圏のアレクサンドリアで成立し、その後複数の 市立図書館、 ）は 世紀前半に作 Codex Bongarsianus 318 9 言語に翻訳されたと見なされている。しかしギリシア語テク られたとみなされており、挿絵入りのラテン語版『フィシオロ ストは後世の写本にしか現存せず、ある一冊のギリシア語 グス』としては現存する最古の写本である。テクストに劣ら テクストが後に派生したすべてのテクストの原本であるかど ず、半人半蛇のマムシ、毛むくじゃらの太陽トカゲ、とぼけた うかも含め、テクストの成立状況について知り得ることはきわ 顔のサラマンドラなど、挿絵は挿絵で謎めいている。本稿 （） めて少ない1 。 では「動物譜（ ）」写本についての研究と関連して、 Bestiary 　ギリシア語の『フィシオログス』は翻訳されてラテン語文 この『フィシオログス』写本の主にヘビとアリの項目について、 化圏に広がり、これにイシドルスの『語源』やアンブロシウスの 気づいた点を以下に述べる。 『ヘクサエメロン』など様々なテクストが加えられ、後に「動 物譜（ ）」と呼ばれるテクストに膨らんでいく。動植 Bestiary 物や鉱物についての特徴や性質を書き記したテクストであ 「ベルン 番写本」の『フィシオログス』について 1 318 るなら、ラテン語圏に限ってみても、プリニウスの『博物誌』の ようなより浩瀚なテクストがすでに