数理環境評価学.docVIP

３．土壌中の溶質移動 　近年，わが国でも地下水汚染が顕在化するようになってきた．地下水汚染の現況の一つに近代農法による化学肥料の過剰施用があげられる．農地に与えられた肥料のうち，余剰窒素成分が重力排水される水とともに土壌中を降下し，地下水の硝酸汚染を引き起こしているのである．また，最終処分場などに廃棄される産業廃棄物から極めて毒性の高い物質が浸出し，土壌を汚染するといった事例も報告されるようになった． 　このような事例において様々な対策が施されるが，その際に，土壌中における溶質の移動量を正確に把握することが極めて重要であることはいうまでもない．ここでは，土壌中，とりわけ不飽和帯における溶質移動について学ぶ． 3.1　溶質の移流 　土壌中の溶質の移動には，移流，分子拡散，水理学的分散の３つの形態がある．ここではまず移流について述べる． 　移流（Convection）とは，土壌中に溶解している溶質が，土壌水の流れとともに移動することをいう．その移動フラックスJcは， （3.1） ここで，q：土壌溶液のフラックス（m s-1），C：溶質濃度（mol m-3），?：体積含水率（m3 m-3），u：平均間隙水流速(m s-1)である． Fig.3.1　1次元土壌カラム 　今，Fig. 3.1のような濃度Ciの溶液で飽和された土壌カラムを考える．このカラムの上部にはコックがついており，瞬時に濃度Coの溶液とCiの溶液とを切り替えることができるものとする．土壌カラム内の土壌水のフラックスは一定（定常流が発生している）とする．この状況でコックを瞬間的に切り替えて流入濃度をCiからCoに変える．土壌カラム下部から流出してくる土壌水の濃度を，コックを切り替えた瞬間から測定した場合，どのような変化を示すであろうか． 　溶質の移動が移流のみによって発生すると仮定してみよう．初期状態では，土壌カラムの間隙がすべてCiの溶液で満たされている．コックを切り替えた瞬間での流出水濃度はCi である．その後，流出水量が土壌カラムの間隙体積に等しくなると，もはやCiの溶液は土壌中に存在しなくなり，急激に濃度Coの溶液が流出するようになる．この過程を相対濃度（流入水濃度に対する流出水濃度の比率）で図示するとFig. 3.2のようになる． Fig. 3.2　移流のみで溶質移動が起きる場合の流出濃度曲線 このような階段状の流れをピストン流という． 3.2　溶質の拡散 　溶液中では，無秩序な熱運動（ブラウン運動）や溶液内で繰り返される分子の衝突などの結果として，溶質の濃度勾配を減少させて溶質濃度の空間分布を均一化する方向に溶質は移動する．この移動形態を拡散（分子拡散）という．土壌中での拡散による溶質移動フラックスJdmは，拡散が土の単位面積当り，その中の水の占める領域の中で発生するので，次式で表される． （3.2） ここで，Dm：土壌中の溶質の拡散係数（m2s-1）である．土壌中の溶質の拡散係数Dmは間隙が屈曲しているなどの理由から自由溶液中のそれ（Do）より小さくなるのが普通で，両者の関係は屈曲度係数?を用いて次のように表される． （3.3） 屈曲度係数は土性と体積含水率によって決まり，次のような関係式が提案されている． Bresler（1973） （3.4） Papendick and Campbell (1980) （3.5） ここで，aは屈曲度を考慮するための定数およそ2.8程度である． 3.3.　水理学的分散（流体力学的分散） 　移流によって溶質が輸送されるとき間隙内，あるいは，間隙ネットワークの異なる部分で流速に違いが生じる．例えば，間隙を小さな管とみなすと，管内の流速分布はFig.　3.3のようになる． Fig.3.3　間隙内の流速分布 このような場合，間隙中心部と土粒子近傍とでは流速が異なる．すなわち，間隙中心部では溶質が早く移動し，土粒子近傍ではゆっくりと移動する．その結果，溶質分布は広がりを見せる．このような移動形態を水理学的分散（流体力学的分散）といい，その溶質フラックスJdhは次式で表される． （3.6） ここで，Dh：水理学的分散係数（m2s-1）である．水理学的分散係数は，分散長（分散特性長）?と平均間隙水流速uを用いて， （3.7） と表される．この分散長とは，分散の混合スケールの大きさを表す尺度である．室内実験におけるの充填土壌では0.01cm～10cmのオーダーであるが，観測スケールが増加に伴って増大すし，野外の不撹乱土壌では1～２桁大きくなる． 3.4　分散係数 　水理学的分散は，メカニズムこそ分子拡散と異なるが，同様の効果を与えるため