- 4
- 0
- 约2.29万字
- 约 17页
- 2017-06-18 发布于湖北
- 举报
海辺朝鮮族自治州における民族教育の現状と課題汇编
九州大学大学院教育学コース院生論文集,2007,第7号,57-73頁
BulL Education Cource, kyushu U,2007, VbL7, PP57-73
海辺朝鮮族自治州における民族教育の現状と課題
全 、成 君*
1.はじめに
中国の朝鮮族は長い歴史をもって形成、発展、変化してきた。近代的な意味における中国朝鮮族
は、元々朝鮮半島から実質的に国境の川になっていた鴨緑野、豆満江を越えて移住して来た人々で
あった。その移住は、古くは17世紀頃まで遡ることができると言われるが、大量に移住し始めた
のは、1869-1871年の朝鮮北部に起こった大子謹からであった。・その後清朝政府がロシアの侵
略に備える必要から封禁政策を解除し、むしろ朝鮮移住民による開墾を奨励したため、延辺地区は
朝鮮人の人口が増加し続けた。その後日本による朝鮮半島の「保護国」化及び植民地支配たまって
も多くの朝鮮人が延坪に移住し.さらにこの地が「満州国」の一部になったことにより、ここは中
国の革命運動と朝鮮の民族解放運動の接点地帯となっていくことになる。1)
中華人民共和国が成立した後、中国共産党はig52年、民族区域自治実施要綱を発表し、55の
国内少数民族に自治権を付与した。これに伴い吉林省南部に野辺朝鮮族自治区が誕生し、1955年
には門辺朝鮮族自治州と改名された。四辺朝鮮族自治州は中国東北地方にある吉林省の東南部に
位置し、中国、ロシア、朝鮮民主主義人民共和国の国境が接している地域にある。全州の面積は
万人)である。延辺朝鮮族自治州は延吉、図椚、琿春、敦化、1龍井、和龍の一6市と涯清、安図の2
県があって、首府は延吉市である。2)
延三朝三族自治州は成立して50周年を経た現在、特に20年余りの改革・開放によって目覚し
い発展を遂げて来ている。しかし、市場経済の猛烈な潮流と三韓の国交正常化の影響により、延辺
の朝鮮族の形態や意識にも例外なく影響を及ぼしている。市場経済は朝鮮族社会の激しい人口商題
を招き、民族意識と教育を含む様々な面に影響を与えている。
本稿は、このような社会環境の中での、中国延言朝鮮族自治州の民族教育の歴史と政策の流れを
整理した上で、延辺朝鮮族自治州教育学院3)の先行研究と朝鮮族教育研究室の担当者A氏に対す
るインタビュー調査、筆者の中国での意識調査4)の分析を総合し、延辺朝鮮族自治州た於ける民
族教育の現状と今後の課題を提示することにする≧
★九州大学大学院博士後期課程2年
一57一
全 成 君
2.延辺朝鮮族自治州における民族政策の展開
中国の憲法序言には、’「中華人民共和国は全国の諸民族人民が共同で作り上げた統一された多民
族国家である。中華人民共和国の諸民族は、一律に平等である。国家は、すべての少数民族の合法
的な権利及’び利益を保障し、民族間の平等、団結及び相互援助の関係を維持、発展させる。」5)と定
めている。また、憲法第4条には、「少数民族の居住している地域では、区域自治を実施し、自治
機関が設置され、’自治権を行使する。いずれの民族自治地域も、すべて中華人民共和国の切り離す
ことのできない一部である。」と定めている。
上述の条文に基づき、下辺の朝鮮族は1952年から民族自治州を形成し、少数民族優遇政策を享
受している。しかし、二野の民族教育は中国民族政策の変化によって大きく影響され、またその変
化も中国の独特の社会環境の変化と緊密に結びついている。
(1)文化大革命以前(1949-1966年)
この時期の朝鮮族学校での教育の特徴は、自治州成立初期の漢語の強化時期から「社会主義の
基本的完成」が宣言された1956年ごろにかけて、漢語が朝鮮族児童・生徒の学期・学年と卒業時
の各成績審査の科目に取り入れられるほうに変化したことである。6)歴史教育の変化はこの時期の
朝鮮族教育の大きな特徴である。1953年10月23日、国家教育部は吉林省が作った∫朝鮮族中学
53~54年教科書課程(草案)」に対して、初級中学のr朝鮮地理』・は独立の教科として開講すべ
きでなく、r世界地理』の授業に含ませるべきであり、 r朝鮮史』については、国内朝鮮族の歴史は
中国史に入れ、朝鮮民主主義人民共和国の歴史は世界史の授業で扱うべきであると指示した。この
指示は、朝鮮族生徒の祖国観念を培い、下民思想を生み出
原创力文档

文档评论(0)