【精选】1993年日语能力考试2级真题-读解文法.pdfVIP

  • 9
  • 0
  • 约1.51万字
  • 约 17页
  • 2017-11-29 发布于贵州
  • 举报

【精选】1993年日语能力考试2级真题-读解文法.pdf

【精选】1993年日语能力考试2级真题-读解文法

昂立新日语 1993 年日语能力考试2 级真题 読解・文法 (200点 70分) 問題1 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えは、1、2、3、4から 最も適当なものを一つ選びなさい。 この文章は、取材(記事などを書くために、人から話を聞くこと)について書か れたものです。 最も大切なことは、自分がその相手から聞くべきことを知っておくことである。 これはあまりにも当たり前のことで、人に話を聞こうとする場合の当然の前提 だから、とりたてて注意を払うべきことではないと思われるかもしれない。し かし、私にいわせれば、これ以上に本質的に大切なことは何もなく、あとは大 部分が鎖末な テクニック論である。 (注1) 「問題を正しくたてられたら、答えを半分見い出したも同然。」 とよくいわれる。これはまったく( ① )。同様に、聞き取りに際しても、聞く べきことがわかっていれば、半分聞き出したも同然なのである。 最近私は、人に取材するばかりでなく、人から取材されることも結構多くなっ た。 それでわかったことは、自分で何を聞くべきかが充分わかっていないで ② 人にものを聞く人間がいかに多いかである。 「いかがですか?」 「ご感想をちょっと 」 と水を向ける だけで、相手が何かまとまりのあることを当然にしゃべって (注2) くれるものだと思い込んでいるおめでたいジャーナリストがあまりにも多い のだ。まるで こちらがラジオかテレビのような機械で、「きっかけの一言」と ③ いうスイッチを入れると、あとは自動的に番組が流れ出てくるものとでも思っ ているかのようだ。 こういう人が多くなったのも、 テレビの悪影響だろうと思う。テレビのイン ④ タビユーというと、実際、一言水を向けるだけで、べらべらまくしたてる人が 昂立新日语 大部分なのだ。世の中にはしゃべりたがりの人が多いのも現実だが、テレビの 場合は、編集をしたり、事前の打ち合わせをしたりしているから、しゃべたが りでない人もしゃべりたがりのように見えてしまう。私にしても、ほんとは非 常に無口の人間なのだが、テレビを通してしか知らない人はよくしゃべる男と 思っていることだろう。 そう思い込んでいる人がジャーナリストの中にもいて、そういう人が私を電話 取材すると 妙なることになる。 ⑤ 「○○について、ちょっとご感想をうかがいたいですが」 「はい」 といったまま私は黙っている。先方は、それだけで当然私がしゃべり出すのだ ろうと思って、やはり黙って待っている。しばらく奇妙な沈黙がつづく。やが て、先方がどうもスイッチがちゃんと入っていないらしいと考えたのか、 も ⑥ う一度スイッチを入れ直す。 「○○について、ちょっと感想をうかがいたいんですが」 「はい。どうぞ」 と私は答える。「どうぞ」といわれてはじめて先方は、水を向けただけでは足 りなくて、なにか質問をしなければいけないのだということに気がつく。(中 略) 安易な問い方をし、それに安易に答え、その安易な答えに満足して問答を終わ るという最近のテレビ*インタビユ-的風潮に私は反発しているので、いいかげ んな質問者にはわざと意気悪く質問を返し続けることがよくある。はじめの問 いがいいかげんでも、自分の中に問うべきものをしっかり持っている人は、質 問を返されたときすぐにきちんとした質問で切り返すことができるものであ る。しかし、それを持たない人はまともな質問がついにできない。 (注1)鎖末な:重用でない (注2)水を向ける:相手が話し始めるようにすること

文档评论(0)

1亿VIP精品文档

相关文档