善辩的幸兵卫(修改版)详解.pptVIP

　 もっともらしい形容をすれば、一瞬の危機に全頭脳を燃焼させ、その際の生命の充実感に恍惚となる、とでもいったところだろう。; 　彼をむりやり作家にすれば、あるいは書くかもしれない。締切りが迫って、せっぱつまれば書くだろう。しかし、なぜ締切りまで構想が浮ばなかったかについての物語ばかりになりかねない。いいわけ小説という新分野もしばらくはいいだろうが、ずっとそんな作品ばかりを書きつづけるわけにもいかない。それに、言葉なら空気のなかに消えてしまうし、人間の記憶とはあやふやなものだから、どうにでもひっくりかえせる。だが、活字となるとあとへ残る。たちまち、ぼろが出てしまうのだ。; 　 幸兵衛のいいわけは、すぐにぼろが出る。一日のばしとか、その場のがれと称すべきいいわけなのだ。だが、その場においては、みごととしかいいようがない。暗い虚空に七彩のきらめきとともに散り、その瞬間だけ天空を支配する花火のようなものだ。彼は未来だの過去だの、あるのだかないのだかわからぬ存在を信ぜず、現在しか信じていないのであろう。; 会社における朝の行事である、幸兵衛のいいわけ。それに聞きほれ、課長が幹部会議への出席を忘れてしまうこともある。部長がやってきて、課長をどなる。「なぜ、会議に出てこない」; そんな場合、幸兵衛がかわってあやまるのだ。「口はさむようですが、課長の責任ではございません。私が悪いのです。実は、さっき電話があり、わが社の大口の取引先の一つが、倒産寸前だという情報がもたらされたので、、、」 部長もこれには驚く。 「おい、本当なのか。となると、会議どころではないぞ。早くなんとか手を打たなきゃならん」; 「はい、電話のあったのは本当です。しかし、よく調べてみましたらデマでした。たちの悪い妨害です。どこからの電話か不明なのは残念ですが、商売がたきの陰謀にきまっています。わが社と、その取引先とのあいだに疑惑の霧をまきちらし、そのすきに割りこもうというのでしょう。世の中がせちがらくなりました。会議の席で、部長の口から、ちかごろ横行しているこの手にひっかからぬよう、みなに注意なさって下さい」　「そうしよう、しかし、そんな手口がはやっているとは知らなかった。」; 知るも知らないも、いま幸兵衛の頭のなかに浮んだというだけのことなのだ。部長はしきりに感心している。幸兵衛はさらにサービス精神を発揮する。; 「そのことを教えてくれたのは、知りありの女なのです。ある会社の社長の秘書をしています。職務上、もちろん口のかたい女なのですが、彼女ちょっと変わっていましてね、ただひとつ奇妙な弱味がありまして、、、」 と、また話が発展してゆく。魔法使いの杖のように、幸兵衛の舌が動くと、その架空な女の子はたちまち実在と化し、いきいきと動きはじめるのだ。; やがて、話題を占いのほうに誘導し、部長はじつにいい星まわりにあるとおだて、また課長の長所をそれとなく褒め上げる。まともに言えばいやらしいおべっかになるが、占いにことよせれば、さほどには響かない。幸兵衛は、それにひきかえ私の星まわりは、と卑下してみせる。占いによるいいわけは便利なので何回も使っている。今回は電波天文学占いという、新種を作り出した。そして、その創始者なるものを創始し、性格を与え、その奇行の紹介へとつづくのだ。; 部長は課長ほど幸兵衛のいいわけになれていないので、効果は大きかった。熱心に聞いてくれ、気がついて腕時計をのぞいた時は、会議の時間はとっくに過ぎていた。; かくのごとく、幸兵衛はなにも働かず、一日一日を切り抜けてゆく。はたから見ると大変なようだが、彼はそれしか知らないのだから、さほどでもない。; ある日、幸兵衛は部長から呼ばれた。急用だという。部長はこう言った。 「実は、いま監督官庁から係官が来た。かっかとなって怒っている。落ち度はこっちにあるのだから仕方ないが、なだめようがなくて困っている。きみ、うまく応対してくれ」 「しかし、わたしなど。。。」　 「いや、きみのいいわけの才能には、いつかすっかり感心した記憶がある。それを思い出したのだ」　; 「とんでもありません。いいわけだなんて。いつも真実を述べているだけです。巧みないいわけはせっせいに及ばずと，韓非子という本にも出ております。これはわたしの人生信条で、いいわけなど。。。」 「まあ、そんないいわけはいい。ここでしゃべっては、もったいない。あとは応接室の役人の前でやってくれ」 「しかし、どこが問題点で、なにがどうなっているのかぐらい知ってないと。。。」　　 「そんな暇はないんだ。頼む???」　　　; 幸兵衛はむりやり押し込まれた。