チェチェン紛争下での戦傷外科医としての経験と戦後のチェチェン情勢.pdfVIP

100 埼玉医科大学雑誌　第 35 巻　第 1 号　平成 20 年 12 月 特別講演 主催 埼玉医科大学 総合医療センター 形成外科学教室， 後援 埼玉医科大学 卒後教育委員会　 20 3 25 6 平成 年 月 日　於 埼玉医科大学 川越ビル 階 大会議室 チェチェン紛争下での戦傷外科医としての経験と 戦後のチェチェン情勢 ハッサン　バイエフ （チェチェンの子供達国際委員会議長） 　今回，先ず研修先であるこの埼玉医科大学で講演の ていたが，1994 年 12 月に始まり96 年 8 月まで続いた 機会が与えられたことに，感謝申し上げたい．私こと 第 1 次ロシアーチェチェン戦争，また束の間の停戦時 ハッサン・バイエフは，チェチェンのみならず周辺諸 期を経て 1999 年 8 月から再び勃発した第 2 次ロシアー 国で唯一の美容形成外科医として恵まれた人生を歩ん チェチェン戦争で，それまでの経歴や財産を投げ打っ でいた．しかし，第 1 次チェチェン戦争，さらに第 2 次 て，戦傷外科医として戦火の中，医療活動を続けるこ チェチェン戦争によって根底から覆されてしまった． とを余儀なくされた． 私が体験したこの戦争については，まずチェチェン 　第一次戦争時には，首都グロズヌイの病院から故郷 という国と，その歴史から説明する必要がある． に戻り，そこで治療器材や医薬品を持ちこんで病院を 　チェチェン共和国は，ロシアと中東の境界にそびえ 作り，戦傷外科医としてあらゆる負傷者－一般市民 るコーカサス山脈の北麓に位置する小国である．面積 からチェチェン兵，あるいは敵側のロシア兵まで－ は米国のコネチカット州とほぼ同大，日本ではここ を治療した．停戦時には残された負傷者の治療を続け 埼玉，それと近隣の群馬県，栃木県をあわせたくらい ながら，また美容形成外科医としての仕事も徐々に再 の国土面積である．この，ロシアと中東－キリスト世 開した．しかし平和な期間は短く，更なる地域の政情 界とイスラム世界の境界に存在するという地理的要因 悪化から，第 2 次戦争に至った際には，またあの第一 から，チェチェンでは古くからロシア民族・文化とは 次戦争のような地獄の活動をするのかと心中恐怖で 異なる民族性・文化を持ち，そのため 16 世紀の帝政 満たされたが，何人に対しても自らの力の及ぶ限り助 ロシア時代から，コーカサス征服を図るロシア軍隊を け救わんとするヒポクラテスの誓いに忠誠を全うする 撃退し，以来自国・民族の独立自治を求めてロシア・ べきと考え，他の選択－故郷や家族，友人を捨てて国 ソビエトと対立を続けてきた． 外へ逃げる方法は選べなかった． 　よってその人々－我がチェチェン民族は，先祖から 　私は父から，イスラム教におけるアッラーの信仰， 伝わる武勇伝や立志伝を次世代に伝え，幼少より独立 家族の大切さ，肉体を常に健康に保つことの重要性に 心と格闘技で頑強な肉体を得ることを奨励してきた． ついて厳しく教えこまれ，このことが，先の戦争で幾 　私もその例にもれず，幼少時代から柔道，サンボな 度も命を落とす危険に遭いながらも生き延び得たこと どの格闘技に親しみ，高校時代には全ソビエト連邦の につながったと考えている．また戦争