貧困と計測 [構想].docVIP

PAGE 11 [論文素案概要⑵] 貧困計測問題 [仮題] Ⅰ. 問題意識 (1) 「貧困とは当該社会で人間らしく生きる可能性を阻害されている状態である」という認識に異論はあまりないだろうが、その内容を具体的に明示することは容易でない。 (2) 「貧困を撲滅╱緩和する」視点から貧困問題に取り組もうとする場合、何よりもまず、「何をもって〈貧困〉とよぶか」という基本問題に直面する。暫定的にしろその概念および範囲を確定したうえで、①貧困はどのように定義され測定されるべきか、②どんな政策や戦略が定義された貧困の緩和に寄与するか、③貧困が人類の最大の不正義のひとつであるとするならば、どんな理論的アプローチが貧困撲滅に寄与するか、に取り組まなければならない。「貧困計測問題」は、この文脈のなかで検討されなければならない。 (3) 貧困問題を複雑、困難にしている事情は、「何をもって〈貧困〉とよぶか」という内容そのものが上述の ① ② と相互に影響、規定しあって、歴史的にも地域?文化的にも変化してきており、いつも暫定的な議論や考察しかできないことにある。実践的状況をみると、monetary-basedな〈貧困ライン〉アプローチが今日なお、貧困緩和政策の効果を測定する主要な手法であり続けている。 (4) その一方で、『貧者の声(Voices of the Poor )』(Narayan et al., 2000) にみられるように、貧しい人びとは、monetaryな不足にくわえ、non-monetaryな政治参加など、生きていく基盤をなす多くの要素の欠如にゆえに、みずからの努力だけで貧困からの脱出が不可能である、と訴えている。彼らによれば、従来提示されている指標は集団の状況をあらわすものであって、誰が貧困の状況にあるかを問うものではない、という。 (5) 本小論は、ケーパビリティ概念を貧困計測に使えるようにする方向を模索する視点から、貧困計測の現状に関する主要と思う論点を整理し、真の意味でケーパビリティ概念を貧困計測に使えるようにするための問題点を考察する。 Ⅱ.多次元アプローチによる貧困計測：現状とその論点 1. 貧困計測に関する基本的な考え方 (1) 「計測する」とは：計測対象を諸要素から構成されたひとつのシステムとしてとらえ、これに外部から〔作用、観察、質問をふくむ〕なんらかの刺激を入力し、出力として得られる応答を適切な計測手段によって把握し、分析することを通じて、システムとしての対象の特定の側面に関する認識を情報として入手する、一連のプロセス。プロセスの各段階で入り込む恣意性を排除するのは困難。 (2) 計測実施の手順：「well-beingと貧困を計測する」ことに即していえば、プロセスの各段階において確定しなければならないいくつかの要件が存する。 　　　　(a) 対象範囲と得たい情報の確定。 　　　　(b) 対象とするシステムの構成要素の選定およびこれに基づく対象のモデルの設 定：たとえば、数学モデルまたは図式モデル。 　　　　(c) 選定した構成要素を検出する計測系の設計：たとえば、刺激-応答関係とそれ に基づく計測手段の選定〕。 　　　　(d) データ処理の設計：たとえば、多変量解析〕。 (3) 計測する対象としての「well-beingと貧困」概念：well-beingとは、人がある状態に存する╱あることをしている、という状態をあらわす概念であり、時間の関数である、とする。〈貧困〉とはwell-beingのひとつの状態であり、とくに人間らしく生きていくのに不可欠な要素（の一部またはすべて）を欠いている状態である、とする。 　well-beingと貧困の概念は、必然的に、独立または相互に関連する、多様な要素によって構成されている、あいまいで複雑な概念、と見做され得る。19世紀末－20世紀初頭の貧困調査においてすでに「well-beingと貧困」概念は多様な要素から構成されているものとしてとらえられており、とくに最小限必要とされるこれら諸要素のmonetary換算値の総和を代表値として〈貧困ライン〉が想定されていた、と考えられている。 　1.1. 貧困計測の考え方の基本の枠組み (1) 構成要素によるシステム構造を想定：定式的にいえば、well-beingが一次元の基本的構成要素（変数）の有限数の集合で表現されていると仮定。well-beingは、これら構成要素を次元とする多次元空間における閉曲面上およびその内部に存する点のいずれかである：これら諸点すべては当該個人にとって実現可能であり、みずからの目的に照らしてあるひとつの点を選択することによって、現実のwell-beingを実現する、と考