- 1、原创力文档(book118)网站文档一经付费(服务费),不意味着购买了该文档的版权,仅供个人/单位学习、研究之用,不得用于商业用途,未经授权,严禁复制、发行、汇编、翻译或者网络传播等,侵权必究。。
- 2、本站所有内容均由合作方或网友上传,本站不对文档的完整性、权威性及其观点立场正确性做任何保证或承诺!文档内容仅供研究参考,付费前请自行鉴别。如您付费,意味着您自己接受本站规则且自行承担风险,本站不退款、不进行额外附加服务;查看《如何避免下载的几个坑》。如果您已付费下载过本站文档,您可以点击 这里二次下载。
- 3、如文档侵犯商业秘密、侵犯著作权、侵犯人身权等,请点击“版权申诉”(推荐),也可以打举报电话:400-050-0827(电话支持时间:9:00-18:30)。
- 4、该文档为VIP文档,如果想要下载,成为VIP会员后,下载免费。
- 5、成为VIP后,下载本文档将扣除1次下载权益。下载后,不支持退款、换文档。如有疑问请联系我们。
- 6、成为VIP后,您将拥有八大权益,权益包括:VIP文档下载权益、阅读免打扰、文档格式转换、高级专利检索、专属身份标志、高级客服、多端互通、版权登记。
- 7、VIP文档为合作方或网友上传,每下载1次, 网站将根据用户上传文档的质量评分、类型等,对文档贡献者给予高额补贴、流量扶持。如果你也想贡献VIP文档。上传文档
查看更多
竹富町役场移転
「竹富町役場移転について」
教育学部 学校教育教員養成過程 社会科教育専修
012153D 石田茂実
1.竹富町の歴史
2.竹富町人口の推移
3.町役場移転に向けての流れ
4.庁舎移転実施計画書‐報告書‐
5.海上交通網
6.生活圏
7.市町村合併に対する町長の考え
8.竹富町役場職員
9.町役場移転説明会
10.町役場移転費用
11.答申
12.役場移転促進協議会
13.町役場移転町民決起大会
14.滞在型観光
15.国の考え
16.市町村合併に対する県民アンケート調査
17.竹富町市町村合併問題調査研究会
18.八重山地域合併検討会
19.沖縄県市町村合併推進要綱
20.考察
1.竹富町の歴史
1524年、竹富島出身の西塘(ニシトウ)が首里王府より首里大屋子の頭職に任命され、竹富島に八重山蔵元を創設した。やがて石垣島に移転。1908年八重山諸島全域が八重山村という一村になったが、1914(大正3)年八重山村の分村(八重山村は石垣?大浜?竹富?与那国の4カ村に分村)により誕生。その後、20年の普通町村制施行までは特別村制が実施され、村長は官選であった。役場は当初、竹富島におかれていたが経済、交通の事情もあり、1938(昭和13)年に石垣村登野城に移すという異例の措置がとられ、現在も石垣市美崎町にある。
→竹富町以外に行政役場が自分の管轄地内に存在しない市町村はないのか。
?鹿児島県の三島村?十島村も行政役場が自分の管轄地内に存在しない。
→これらの村には役場移転の話はないのだろうか。
2.竹富町人口の推移
★地区別人口の推移
1989
平成元年 1992平成4年 1995平成7年 1998平成10年 2001
平成13年 竹富 296 251 267 280 2 78 黒島 206 203 214 207 219 小浜 492 508 475 460 473 新城 10 18 9 9 6 西表島東部 650 667 711 792 1985 西表島西部 1008 1061 1122 1089 波照間 701 638 597 569 576 鳩間 62 57 43 44 50 合計 3425 3403 3438 3450 3587
3.町役場移転に向けての流れ
町役場の移転の公的議論が始まったのは1963(昭和38)年で、議員発議の町役所西表島移転決議案が賛成多数で可決したことに端を発する。当時の役場移転の理由としては「竹富町役所が他市町村にあることは行政の浸透と円滑制を欠き住民と遊離するものであって変則的であるのみならず経済的には還元がされない。このような不合理を正常にもどし試作の効率的運営、住民の経済、福祉の向上を図る為。」としている。
その後、日本復帰と1977(昭和52)年の庁舎移転を経て、1979(昭和54)年に38人の委員から成る「竹富町役場位置付審議委員会」が発足した。これまでは、議会が主導的に問題提起を行ってきたが、当委員会の設置により行政の具体的な取り組みが始まった。
1985(昭和60)年には「西表島総合計画と役場移転基本計画」の策定に向けた庁内での具体的作業がスタートし、1988(昭和63)年には上記計画書(案)が作成された。また、これを受けて翌年には「竹富町役場移転審議委員会」を発足し、7回にわたり「西表島総合計画と役場移転基本計画(案)」の審議が進められた。その間当審議委員会は庁内全地区において役場移転説明会や、アンケート調査等を実施し、1992(平成4)年3月21日に「答申」の運びとなった。
それ以降、具体的な取り組みは行われていなかったが、1998(平成10)年12月14日に「竹富町プロジェクトチームの設置基準に関する順令」を交付し、これまでの「竹富町役場移転基本計画」の見直しを含めた検討を推進している。
?『竹富町小学校副教材:結び合う島じま』の中にある1996年度琉球大学教育学部社会科調査報告集に「町役場移転問題は、古くて新しい問題である。今回の町長選においても重要な争点となった。結果は大原の基盤整備後に移転を主張する側が、早期移転側をやぶった。」とある。1996年以前から議論があったのと考えてはいたが、1963年とは驚いた。
→なぜ、現在まで町役場移転は実現していないのか。
?1992(平成4)年の答申では、時期尚早であると判断された。まず、町内の基盤整備が先だと判断されたためである。
?この答申の内容を読みたい。
4.庁舎移転実施計画書‐報告書‐
竹富町の那根元町長は、役場移転の実現に向け、移転の具体的方法を盛り込んだ「庁舎移転実施計画(報告書)」を地域代表、学識経験者などで組織する町役場移転審議委員会(委員35人、委員長?池田豊吉船浮公民
文档评论(0)