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近代華北農村における搭套慣行
近代華北農村における搭套慣行
はじめに
旧中国農村社会における「共同関係」或いは「共同体」問題に関心を示すことは日本の中国農村ないし中国社会研究の特徴である。早くも30-40年代の旧中国農村社会の性質に関する論争の中で中国農村における様々な「共同体的」関係についての議論と研究が大いに盛り上がられた。その中で平野義太郎と戒能通孝との間で行われていた有名な「共同体論争」――前者は共同体肯定論を持ち、中国農村の閉鎖性#8226;村成員の集団性#8226;村落の親和的秩序を強調し、後者は共同体否定論者として村の開放性#8226;村成員の利己的側面及び村内の実力支配関係を指摘する――が(1)今日も変えた姿で中国史学研究の中を徘徊している。戦後、中国農村社会に妥当する点が多い共同体否定論がほぼ定説となったが、「共同関係」及び「共同体」に対する関心は衰えたわけではない。70-80年代に、小林1美、石田浩、内山雅生をはじめとする日本人の若手学者が改めて華北農村における「共同関係」或いは「共同体」に目を向け始めたことは注目されていれば、70年代の後半から、東南アジアにある村落社会の性格をめぐるスコット対ポプキンの論争が中国史研究に波紋を投げ、この論争にある#65378;農民はモラル的かそれとも合理的か#65379;という構図は、平野―戒能論争と共通性をもつと見られる。いずれ旧中国農村における共同関係及び共同体に対する研究は中国社会を認識する上で重要なテーマであり、しかも充分な解決をみないまま研究史に膠着してしまったことを示そう(2)。私見によれば、今日の時点でこの研究を再出発するには、次の諸作業――第1に、宗教や信仰など以外にある村民の日常の社会的結合を重視し、多様の共同関係への更なる実態究明をすること;第2に、旧中国農村の生産力構造という物質的基盤にまで遡及し、それが村落共同関係に与えていた規定性を解明すること;第3に、共同関係の中に見られる農民の行動の動機、規範を内面的かつ精確に把握すること;さらに第4に、村落共同関係に潜んでいる歴史(発展段階)的、地域的な性格を捉えること――は、いきづまった状態を打開する鍵となっている。
本稿では上述の課題を念頭におきながら、旧中国農村社会における様々な共同関係の1部であり、しかも農業社会の基盤とも言える農業生産活動に緊密に関連する「農耕上の共同」、より具体的に言えば、旧華北農村において普遍的に行われていた「搭套」という農耕慣行に照準を合わせて検討したい。農民が農耕を業とする人々であり、農耕生産で生活を営むので、農耕上の共同は農民の毎日の実際的、具体的な生活に最も緊密に関わっているのである。従って、農耕上の共同に関する研究は、農民の日常の、等身大の姿と心を描き出す作業であり、草の根レベルの農村社会の、ひいては中国社会の実像を解明することにとっては、非常に重要であると思う。
1、既往の研究
近代華北農村における農耕上の共同というと、「搭套」、「換工」、「幇工」、役畜の「借用」、「代耕」などがあげられる(3)。この中で搭套は、農家が互いに役畜#12539;農具#12539;人力などを提供しあって共同で耕作を行うという古来の農耕上の共同慣行であり、近代華北農村においては、もっとも重要な農耕共同として、普遍的に行われていた。ところが搭套が農耕慣行として始めて研究者に注目されたのは、本世紀の1940年前後であると思う。当時、「華北農村慣行調査」を行う満鉄調査員たちが北京の北東部にある順義県農村で搭套の事実を発見し、そして彼らに作成された慣行調査資料の中に以下のような搭套に関する現存の唯1の系統的な記録が数多く残されている(4)。
(1)県真北第7区の下坡屯と張家荘
(下坡屯では)牲畜の交互貸借を搭套という。ときに3戸の間で行わるるも、餘り多くない。普通は2戸の間に行わる。感情よき間のみ続き、長きは5年、普通は3年位。
(張家荘では)牲畜の相互貸借を搭套という。主として2戸の間に行わる、3戸の場合なし。長くて4年、普通は2、3年(『慣調』,-31)。
(2)県の南方、白河と鉄道をはさんでいる河南村と臨河村
(河南村では)牲畜の相互貸借関係を搭套と称し、最大の場合3人、普通は2人の間に行われ、最大継続年限は10年、普通3、4年位。百戸に1戸の割で行わる。(臨河村での搭套は)精々3戸の間に行われ、普通は2戸の間に、3年以上続くものなし、普通は2、3年(『慣調』,-32,37)。
(3)県の西南方、順京公路の両側にある10里堡と馬家営
(10里堡では)牲畜の相互貸借の関係を搭套といい、貧乏人が多いため極めて盛んに行われている。2、3戸の間に行われ、2、3年
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