道 古.docVIP

道 「立て！ほら早く拾うんだ！だめだ、遅い！もう一回！」 真っ赤な顔から滝のように流れる汗は目の中に続けて入っていき、涙はそこに留まる時間もなくすばやくあごのあたりに次々と溜まる。足はがくがくしていた、前に踏み込む事はもちろん右足を前にやっと出し、左足は引きずりながら右足のそばに持って来るのが精一杯だった。竹刀はもう既に道場の端にはじき飛ばされていてそこまで走る力は残されていなかった。 「もういい！次！」 「ねえ、どうして剣道部になんか入ったの？練習きついんでしょ？しかもなんて言うんだっけ手にはめるグローブみたいなの、あれってすごく臭いんでしょ？雑巾みたいなにおいがするって男子が言ってたよ。それにさあ夏は暑いし、冬は寒いし、あたしにはそんなとこに進んで入っていくなんて考えられないけどね」 「まあね、なんでだろう???最初は剣道部に入るつもりは全然なかったんだ。ていうかむしろ柔道部を見学しようとしてたんだよね」 「いやいや柔道も剣道もおんなじだと思いますけど???」 「あ、そっか???。なんかね、思いっきり何かに打ち込みたかったんだ。それも今までとは全然ちがう何か。道場の半分がね柔道で、もう半分を剣道部が使ってたのよ。うちの学校の道場って縦長じゃん。あたしその時向こうまで行けなかったんだよね。人いっぱいいたし、それで入り口付近に立って見てたんだ。そしたら『はい、あなたで締め切りね！』って」 「ん？」 「だから剣道部を見学してたと思われたわけよ！」 「おーなるほど！」 「そう。そんな訳で剣道部に入ったんだ。剣道部としてはさ、あっ、これ後からわかったんだけどね、一年が５人欲しかったみたい。だってほら団体戦するのに５人いないと出場できないでしょ。」 「そうなの？あたしよくわかんないけど」 「そうなのよ。五対五で戦うんだ。元気のいい選手から出て行って最後は大将同士がどっちが先に一本とるかって感じ」 「なるほど?。てゆうかまだまだ試合なんて出させてもらえないんじゃないの？」 「そうだよーあたしはね。でもカナはすごいんだ。先輩顔負けなの。三年は結構カナの事かわいがってるけど、二年はひがんでるよね。だってさ、練習試合したら二年負けちゃうから。」 「すごいじゃんカナ！」 「そうだよ、すごいでしょ。たぶんもともとそういう血が流れてるんだよねきっと。だってカナのお姉さんの時代は関東大会でファイブに入ったらしいもん。」 「五位ってこと？すごくない？」 「そうだよ、すごいんだってば。」 「へ?。いいな?部活。楽しそう、そうやって運動やってるとなんか青春って感じだよね」 「そうだよ?。どうして帰宅部にしたの？って今から言ってもしょうがないけどさ。」 「あたしはさ???、ほら大学アメリカ行くじゃん。だから今のうちから英語やっとかないと入れないわけよ」 「そっか?。じゃ六年間英語漬けだ。大変そ?」 「仕方ないよ。これもあたしの夢だもん」 「だね。」 リカの成績は並外れて良い、普通帰宅部にすると先生からなんやかんや言われるのだが彼女のようなできのいい生徒は先生も帰宅部を勧めるのかもしれない。中学校から私立に行きたかったに決まっているが家庭の事情で行かなかったと言っていた。小学生の時から美人でクールで、スマートなリカはカナと並んで男子が話したいランキングでいつだって揃って一番だった。 一年の時は小豆色のジャージに防具というなんとも奇妙な格好をさせられ、しかも道場の外で素振りの練習や胴を打つ練習なんかをただひたすらしていた。道場のすぐ向かいはグラウンドだったのでサッカー部の男子が時々ひやかしに来た。 「おい、小豆軍団！もっとちゃんとやれよ」 いつか格好良い道着を着てちゃんと自分の防具をつけて見返してやる。一年も終わりに近づいていたが私は親戚のお兄ちゃんが使っていた白がくすんでしまった色のお古をまだ着ていた。ところどころすり切れていたし、みんなは、長年剣道やってますって感じでかっこいいとか言うが、私自身は更衣室で道着を広げる度にいつも恥ずかしかった。 もうすぐ新人戦がある。それは区内の剣道部のある中学校はみんな参加して一年同士が団体戦と個人戦をトーナメント形式で競い合うのだ。中には小学生の時から剣道をしているものもいるが、たいていは中学から始めたものが多かったので、ゼロから始めたものたちが一年間をどう歩いて来たか先輩たちも楽しみに応援に来るのだ。 高くなくていい。でも新しくてすり切れていない道着を着て新人戦に出たい???。最近は毎日母さんの肩を叩いてお願いをしている。兄さんたちは私とは違い頭が良かった。もちろん毎回買ってもらえるわけではなかったが、正月の時以外にも山も登れるという何段もギアの付いた自転車ややけにクッションの効いたスニーカーを買