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- 2017-01-06 发布于天津
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初期カルドアと企業理論
―エヴォルーショナリー?エコノミクスの視点から-
木村 雄一(京都大学大学院)
Ⅰ はじめに
1920年代に展開された企業の理論に関する有名な論争に「費用論争」がある。マーシャルは,定常状態である長期均衡状態において,外部経済と内部経済を正常に享受している「代表的企業」という概念を提示することで,産業としての均衡と個別企業としての不均衡という整合的な説明を試みた([16])。しかし1922年の「からの箱」をめぐるクラパムとピグーによる論争([4][17])を始まりに,1924年にロバートソン([18])が収益逓増と内部経済の関連性を指摘し,さらに1926年にスラッファ([26])がマーシャルの部分均衡理論の批判を行うことで,これらはマーシャル理論の核心を巡る論争となった。このスラッファの議論から,1933年にロビンソン夫人が不完全競争の理論を構築した([21])。他方,LSEのヤングやロビンズはケンブリッジ学派と異なった立場から企業の理論を思案していた。ヤング([30])は,マーシャルの外部経済を収穫逓増の基本的事実とし,連関的産業構造を前提とした動学的な収穫逓増論の再建を示唆し,ロビンズ([22])は,産業内の個別企業における異質能力の存在の重要性を認める立場から,マーシャルの「代表的企業」の概念を批判した。そして当時LSEに在籍していたカルドアも,彼らの
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