鸟取讲演その１.pptVIP

鳥取県鍼灸マッサージ師会講演 2010.12.19　 松田博公 鍼灸医療をめぐってはさまざまな謎がある。何よりもその起源が闇の中である。いろんな説がある。 「石の鍼を痛む個所に刺すというような鍼治療は旧石器時代に遡る。鍼治療はかつて世界中にあった」 　　　（吉田集而「鍼灸の起源を考える」『全日本鍼灸学会雑誌』2000; No.50-4） 1991年にアルプスで発見された5200年前の「アイスマン」には腰椎、右膝、距骨関節および左のふくらはぎなどに入れ墨があり、鍼治療の痕だと考えられている。 シベリアのアルタイ山中の古墳から発見された男性のミイラにも同様に、背中と足首に入れ墨が見られる。 ? 【左】5200年前のアイスマン 【右】シベリアで発見された男性のミイラ 　　　　（吉田集而?前掲論文より） 素朴なツボ療法の経験の積み重ねの上に本格的な鍼灸術が生まれたと考えるひとがいる。（素朴実践的考え方） そうだとすれば、鍼灸術は地球上の多くの地域で誕生したはずである。 経絡に似た考え方は、エジプト、インドにもある。鍼を使ったツボ療法は、ブラジルにもある。 しかし、事実は、中国だけが現在に伝えられる体系的な鍼灸術を生み出した。それはなぜだったのか。 「鍼治療はかつて世界中にあったが、東部シベリアから中国に伝播し、中国思想と結びついて集大成された。経絡という考え方が出てきて初めて、中国鍼灸が成立する。あるところを突くとどこかにつながっているということを発見したのだろう」（吉田集而?前掲論文） 経験は構造化されることで、技術体系として伝えられていく。中国には素朴な鍼灸術の経験を構造化し、体系化するために役立つ思想があった。 中国の各民族は、殷、周、春秋戦国、秦、漢と千五百年以上掛けて、高度な帝国を築きあげ、それを支える文化、思想を練り上げてきた。 殷代から占星術が発達し、春秋戦国時代には、気一元論や天人合一の思想、さらに陰陽論、五行論などが展開した。 中国古代思想の際だった特色は、天地宇宙と人は気によって一体に繋がり、同一の構造（自己相似フラクタル）であるという天人合一思想である。 それは、「ひとは、宇宙によって生み出された宇宙の子だ。すべてはつながっている」という宇宙観?コスモロジーである。この思想は、秦?漢代に至り、国家哲学にまで高まる。 　〈天人合一〉思想の核心には、ひとを含む宇宙万物は気でできているという気一元論がある。「気集まりて生まれ、気散じて死す。天下を通じて一気のみ」（『荘子』） すべては気であり、感応し繋がりあっている。この複雑な気の運行を理解し操作するために、陰陽論、五行論が生まれ、学術、文化、政治を貫くパラダイムとして、中国古代のあらゆる思考や技術の枠組みを決めた。 陰陽論、五行論は、混沌としたの気の運動を把握するために、一気を２つ、５つに分けて相互の関係から全体を観る哲学である。? 鍼灸医療は、約二千年前の漢帝国の形成と軌を一にして体系化された。この時代に整備され、国家公認の思想となった天人感応、天人合一というホリスティック（全包括的）な人文思想や陰陽論、五行論の科学観がなければ、古代鍼灸術は誕生しなかった。 　「陰陽五行が鍼灸術を形式化、観念化しだめにした。このような迷信的要素を排して、経験的事実に帰るべきだ」という人が中国にもいる。現代人には説得力のある言い方かもしれないが、歴史的に言えば事態は逆である。 陰陽五行論などの、物事を分類し、物事相互の関係や運動のあり方を把握する構造的観念が経験に導入され、それによって経験が散佚せずに体系化され、鍼灸術が確立したのである。 天人合一思想や陰陽五行システムが鍼灸術を構造化し、その後の歴史において医学的データが蓄積されたので、いまや母胎となった古代の観念ではなく、現代医学という新たな構造的観念によって鍼灸術を再解釈しようとする人々が、現れたということなのである。 まずは、この文献をお読みいただきたい。 「ただ人のみ独り能く天地に偶す。人に三百六十節有るは、天の数に偶す。形体骨肉は、地の厚きに偶す。上に耳目の聡明有るは、日月の象なり。体に空竅理脈有るは、川谷の象なり。心に哀楽喜怒有るは、神気の類なり。(略)天は終歳の数を以て、人の身を成す。故に小節三百六十六は、日の数に副う。大節十二分は、月の数に副う。内に五蔵有るは、五行の数に副う。外に四肢有るは、四時の数に副う。乍（たちま）ち視乍ち瞑きは、昼夜に副う。乍ち剛乍ち柔なるは、冬夏に副う。乍ち哀乍ち楽なるは、陰陽に副う。心に計慮有るは、度数に副う。行いに倫理有るは、天地に副う」 　　　　　　　　　　　　（菫仲舒『春秋繁露』「人副天数（人、天数にそう）」 これは医学書ではなく、政治哲学書である。 やはり漢代の鍼灸医学