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数学の勉強法 理学系　硲　文夫 　勉強というと，物事を学習する，という意味でよく使いますが，こ の文章を書くに当たって改めてその意味を調べてみました．すると，中 国のいわゆる「四書」のうちの一つ「中庸」に既に使われており，その第 二十章の終わりのほうに次の文章があります： 「知仁勇三者，天下之達徳也，…，或安而行之，或利而行之，或勉強 而行之，及其成功，一也．」 読み下すと「知仁勇の三の者は天下の達徳なり．…．あるいは安んじ てこれを行い，あるいは利してこれを行い，あるいは勉強してこれを行 う．其の功を成すに及んでは一（いつ）なり．」となるようですが，訳は 大体以下のようになります： 「知（知識），仁，勇（勇気）の三つは天下普遍の徳である．…．ある 者はこれらを易々と行い，ある者はこれらを自分に利益のために行い，あ る者は多大な努力によって行う．しかしひとたびその行為がなされたな らば，同じことになる．」 　このように，もともと「勉強」は「多大な努力」という意味で使わ れており，だからこそお店で「おっちゃん，もうちょっと勉強してんか」 と値切るときの言葉づかいも，「おっちゃんが多大な努力をして値引きす る」という意味が元にあるようです．ですから，学習の場面で「勉強」と 言うと，本来なら「多大な努力をして学習する」ことになるのではない でしょうか． 数学のどの分野も，やはり易々と身に付くものではなく，「多大な努力 をして」こそ真の理解が得られる，ということが，「勉強」の語源からも うかがわれます．しかし，具体的にどのように「多大な努力」をすれば よいのでしょうか，そこを私自身の経験も振り返りながら，お話しして いきたいと思います． 1 1 まず覚えよう たとえば「6× 3は？」と聞かれたらすぐに「18」と答えられるでしょ う．小学校で覚え（させられ）た「九九」のおかげです．それを基本とし て２桁，3桁の掛け算や，それだけでなく割り算もできるようになってい る．いちいち「九九」の表を見ながら「345× 678」を筆算でやることを 想像してみてください．「九九」の記憶の恩恵がわかるでしょう． では微積分で「九九」に当たるのは何か．それは次の五つの公式です： (xn)′ = nxn?1 (sinx)′ = cosx (cosx)′ = ? sin x (ex)′ = ex (log x)′ = 1 x 　 とにかくこの五つを覚える．数 IIIをやってないんで，という人もこれ だけまず覚えておけばあとはちょっとした応用です．そして「ろくさん じゅうはち」のときのように，「サインの微分はコサイン」と自然に口か ら出てくるようにしたい．それにはいくつも計算問題をやってみる．手 を動かして覚えるのが大事です． 　線形代数でも事情は同じです．「行列の三種類の基本変形」をはじめ のころ習います．その三つをとにかく覚える．もちろんこのときも，い くつも練習問題を自分の手を動かしてやってみることが大事です．いろ いろな概念，ランクとか次元とか像とか，が出てきますが，基本変形が できるようになっていればどれもたいしたことはありません． 2 数学は厳密である？ 　上で言ってきたようなことを聞くといやな顔をする数学者もいます． 「数学はいくつかの公理に基づいて厳密に論証を展開していくものであり， その学習（勉強）も教育もその流れ通りに進めなければならない」と主張 し，実践します．私自身も大学１年生のときに「微積分」と「線形代数」 を習いましたが，「微積分」は「実数の構成」をいわゆる「有理数の切断」 2 に基づいて延々と行ったのちに「ε-δ論法」を使って「連続性」，「微分 可能性」等を厳密に定義していく，というスタイルでしたし，「線形代数」 も「線形空間の公理」（10個くらいある）から始めて，あらゆることを厳 密に証明していく，というものでした．当然全くわかりませんでした． ではその数学者に「6× 3=18」について質問してみましょう．もし私 なら「6に 3を掛けるというのは，6を 3個足すことであり，6+6+6が 12+6で 18になるから正しい」と説明します．しかし彼は「6を 3個足す とは，(6+6)+6と 6+(6+6)が等しいことを前提としている．足し算が結 合法則を満たすことを確認しておくべきである」とまず文句を言い，さ らに「6+6=12が成り立つのは十進法だからであり，そのうえ 6 + 6 = 6 + (4 + 2) = (6 + 4) + 2 = 10 + 2 = 12 という計算をしているのだから， やはり結合法則を使っているはずだ」とけちをつけてくるでしょう．そ して「整数の足し算は自然数の足し算に基づいており，自然数の足し算 はペアノ