産業連関分析のすすめ - Keio Economic Observatory.docVIP

産業連関分析のすすめ 慶應義塾大学　木地孝之 はじめに ある繊維会社の部長さんの話??? 1988年のある日、某繊維会社の部長が私を訪ねてきた。その人が言うには、「先日の社内会議で、自動車産業の海外移転が当社にどの程度の影響を及ぼすかが問題になり、社長に当社の自動車向け販売状況を説明したのだが、『他の会社から回り回って自動車にいくものがあるはずだ』と言われた。すぐに答えることが出来ず部屋に戻ったところ、部下の１人に大学で産業連関表を教わった者がいて、『おおよその数字なら産業連関表で分かるのではないか』と言う。それで訪ねてきたのだが、教えていただけないか」とのことであった。 この会社は、トヨタや日産などの自動車メーカーに、自動車用マットの他、事務服、じゅうたん、カーテン等の事務所用品や、作業服、手袋、ロープ等の工場用品を販売しており、その販売額（「直接販売」）は帳簿を見れば分かるが、自動車産業の海外移転が及ぼす影響の全体像を把握しようとするなら、それに「間接販売」を加える必要がある。つまり、この会社は、家具メーカーにクロスや綿を販売し、タイヤ会社にタイヤコードを販売し、事務服や作業服は、鉄鋼、非鉄、プラスチック等あらゆる分野に販売しており、それらの中には、自動車会社との取引をしている企業が多数存在するから、自動車産業の海外移転に伴って、これら取引先への販売も減少することになる。 さて、どうしたらそれが分かるだろうか？取引先を一軒一軒回って自動車会社向け販売額を聞けば分かるかもしれないが、その取引先の取引先も自動車会社向けに販売しているかも知れないから、調査企業は際限もなく広がってしまう。これでは、「日暮て道遠し」である。 いま、国内の全ての生産活動について、各産業がその生産活動のために、どの産業から何をどれだけ購入しているかを示す一覧表があったとしたら、おおよその影響であれば、簡単に推計できるはずである。産業連関表は、まさに、そのような統計表なのである。 ある鉄鋼会社の話???次は、厳しい国際競争にさらされる中で経営の多角化を進めているある鉄鋼会社の話である。この会社は、「経団連」に役員を出している大手企業なので、「あまり中小企業が多い分野に進出すると抵抗が大きいから、今後需要の拡大が見込まれ、かつ、国内の供給力が弱い分野への進出を考えたい」と考え、「産業連関表からそれが分かりますか」と聞きに来た。 産業連関表には、各商品別の国内生産額と輸出入額が記述されているから、表の見方さえ分かれば簡単に国内の供給力が弱い分野（＝輸入浸透度が高い分野）はどこかを簡単に知ることができる。さらに、最終需要の規模や生産構造、輸出入構造等の変化が各産業の生産活動にどのような影響を及ぼすかを計測するのは、産業連関表の最も得意とするところだから、外枠の情報（見通しや計画）を与えれば、直ちに将来の産業別需要額を推計してくれる。 その方法を説明してあげたところ、「当社の投資によってどの産業の需要が増加するかを計測し、主要な関連分野への投資や株の購入などを行って投資効率を100％にしたい。しかい、当社には産業連関表の分かる人がいないので、適当なシンクタンクを紹介して欲しい」とのことであった。「さすが、大企業の考えることには抜け目がない」と感心したのである。 以上は、民間企業における産業連関表活用の一例であるが、産業連関表は、政府、自治体、大学、シンクタンク等によって、経済の予測、物価対策、イベントや工業立地の影響分析、経済のグローバル化や環境問題の分析等々に広く活用されている。巻末の＜付録＞に最近の産業連関分析例を掲載しておいたで、参照していただきたい。 第１章　産業連関表とは １　産業連関表の誕生と発展 産業連関表の創始者はレオンチェフであり、1936年にハーバード大学で発表した「アメリカ経済の構造」と題する論文の中で、産業連関表によるアメリカ経済の分析を行った。当時のアメリカでは、第１次世界大戦の終結に伴って軍需?鉄鋼部門が縮小し、大不況が到来すると多くの経済学者や政府?財界人が予想していたが、レオンチェフは上記論文の中で、「軍需産業が平和産業に転換することによって数年後には鉄鋼の生産が回復し、生産も雇用も維持できる」ことを具体的な数字で証明したのである。 その有用性に着目したアメリカ労働省は、1944年に1939年のアメリカ経済を対象とする世界初の政府レベルの産業連関表を完成し、戦後経済の予測を行った。その結果、改めて産業連関表の予測精度の高さが証明され、以後、産業連関表は、資本主義国?社会主義国、先進国?発展途上国を問わず、全世界に普及したのである。2000～2003年に、私が国連工業開発機構（UNIDO）の支援を得て調査したところ、87カ国の産業連