賃金格差と介護従事者の離職 - 国立社会保障人口問題研.PDFVIP

269 投稿論文（特集） 賃金格差と介護従事者の離職 花　岡　智　恵 がある。一方で，時間給における福祉施設介護員 I　はじめに の賃金は，平均1,009円，ホームヘルパーは平均 1,269円で，産業計の時間給 （平均999円）と比較 高齢者介護サービス分野における近年の労働力 すると，やや高い水準である。 不足の原因として，介護職員1）および訪問介護員2） 第2に，介護労働の需給における地域間のばら （以下では 「介護従事者」と呼ぶ）の低賃金が指摘 つきである。2007年度 『職業安定業務統計』（厚 されている。2009年4月の介護報酬改定では改定 生労働省）によると，介護関係職種の常用（除パー 率が3％引き上げられたが，その最大の目的は賃 ト）の有効求人倍率が最 も高い地域は愛知 金上昇による介護サービス分野の従事者確保で （2.68），続いて，東京 （2.54），最も低い地域は沖 あった。しかしながら，介護従事者の賃金が定着 縄 （0.67）であった。特に，常用的パートタイム に与える影響について，実証的研究はこれまでほ の人手不足は深刻で，有効求人倍率が最も高い地 とんど行われていない。今後，介護報酬改定の評 域は東京 （6.27），続いて，千葉 （5.77），最も低い 価を行い，介護従事者の定着に関する政策を策定 地域は沖縄 （1.16）であった。常用的パートが都 するためには，介護従事者の賃金が離職行動に与 市部で人手不足である原因の1つとして，都市部 える影響を明らかにすることが重要である。 では他に就業機会があるため，労働時間が不安定 介護従事者の賃金と離職行動の関係を分析する な登録ヘルパーよりも，労働時間が安定し，一定 際，次の2点を考慮に入れる必要がある。第1に， の収入が見込める一般的なパートタイムの職種が 介護従事者は，職種別に，就業形態や労働者の属 選択 されることが指摘 されている （下野 性が異なることである （下野 〔2009〕）。施設介護 〔2003〕）。このように，介護従事者の賃金と離職 では，約6割を正社員が占め，月給で雇用される 行動の関係を分析する際は，地域間の違いを考慮 労働者を主力とする。その正社員のうち約3割が に入れることが重要である。 男性である。一方で，訪問介護では，時給で雇用 これまでの研究では，医療サービス分野の専門 される労働者を主力とする。訪問介護員全体の約 職である看護師について，賃金と離職行動に関す 9割が女性，約8割が非正社員労働者で，その非正 る実証研究が蓄積されつつあるものの （Ahlburg 社員労働者のうちの約8割が登録ヘルパーなどの and Mahoney，〔1996〕，Schumacher 〔1997〕， 非正社員短時間労働者である （財団法人介護労働 Frigiters et al. 〔2007〕など），介護サービス分野 安定センター 〔2008〕）。2008年 『賃金構造基本統 の専門職である介護従事者について，賃金と離職 計調査』（厚生労働省）によると，月給における福 行動に関する研究は，ほとんど行われていない。 祉施設介護員の賃金は平均21.6万円，ホームヘル 看護師の労働供給の賃金弾力性は非弾力的である パーは平均21.2万円である。産業計の一般労働者 ことが指摘されており，米国の個票データを用い （平均32.9万円）と比較すると，約10万円の格差 た研究では，平均で約0.3，すなわち賃金が10％上 270 季刊・社会保障研究 Vol. 45 No. 3 昇すると労働供給が約3％増加することが示され 種と比較した介護従事者の相対賃金は，一部