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近江滋賀郡の古代寺院
『むくげ通信』265 むくげの会 2014.7
播磨の古代寺院と造寺・知識集団 32 漢風横溢の地であった。
大津京四寺 大津宮は天智六年(667)、大津
北郊に造られ、白鳳期の寺院跡は穴太(あのう)廃寺、
近江 ・滋賀郡の古代寺院
崇福寺 (すうふくじ)跡、南滋賀廃寺 (錦部寺?)、園
― 瓦積基壇、輻線文縁軒丸瓦の源流 - 城寺前身寺院などが存在した。この四寺に囲まれた
範囲が大津京の京域に想定されている。
寺 岡 洋
■衣川 (きぬがわ)廃寺
はじめに (国史跡 大津市衣川町2)
播磨の駅路・駅家と古代寺院について連載中でし
たが、今回は近江の湖西を取上げます。たまたま近 琵琶湖が最も狭まる地点
江へ出かける機会があり、また、最近書いたものと の西岸、志賀丘陵端部に位
大津北郊の寺院は大いに関係あるので、この際書い 置する。湖西線の傍ら。標
ておくことにしました (すぐ忘れる?)。 高約106m、堅田平野南部から湖南地域がほぼ一
「瓦積基壇をもつ古代寺院―播磨編―」(『むくげ 望できる。現在、湖岸から西へ約900m離れるが、
通信』262)で紹介した瓦積基壇、「伝路沿いの古 当時の琵琶湖の水位は標高87m辺りだそうで、汀
代寺院」( 『むくげ通信』263)で書いた石守廃寺 線に近かったようだ (塔跡:上図)。
出土の輻線文縁 (ふくせんもんえん)軒丸瓦は、近江滋 廃寺跡は、JR湖西線堅田駅から南へ線路沿いに
賀郡に居住した渡来系氏族が建立を主導した寺院 約1. 5km、史跡公園に整備されている。塔跡、金
と関係あると考えられます。 堂跡基壇が復原され、窯跡には展示スペースがあり、
金堂基壇の土層剥ぎ取りが展示される。ちなみに、
滋賀郡と大津北郊地域 ■ 阪神甲子園~堅田間は80. 1km。
近江国滋賀郡は、『和名類聚 ■ 衣川廃寺は、まず、北側の斜面地を造成して敷地
抄』(934年編纂)によると、 を確保し、金堂基壇を版築 (はんちく)により造り、
北から真野・大友・錦織 (にし ■ 南西斜面に造った瓦窯で瓦を焼いている。次いで塔
ごり)・古市(ふるち)の4郷か 基壇を造り、なぜかそこで終わってしまった。
らなっていた。 金堂基壇 東西18m以上×南北15m
坂本(京阪石山坂本線の終 5ヶ所で礎石を据えた痕跡
点)付近から園城寺(三井寺) ■ 塔跡基壇 一辺9mの方形、高さ約1. 06m
付近まで、約7kmばかりの 礎石を据えた痕跡がなく瓦塔 (がとう)の破片が出
間を大津北郊と呼んでおり、渡来系集団と渡来系遺 土したのみで、建物は建てられなかったようだ。
跡の集中地域として広く知られている。 金堂・塔共に基壇化粧が確認されていない。
地形的には、六甲山と海 (大阪湾)に挟まれた神 軒丸瓦とその系譜
戸の街を90度ばかり反時計回りにした
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