神の女シュレーバー.docVIP

注：以下の五つの論文はかなり前にイマーゴに掲載された論文で、不備な点もありますが参考にしていただければ幸いです。間違いがあり後で訂正したところも少しあります。 神の女、シュレーバー 向井雅明 “性交されているときの女となったらきれいだろうな”。 一人の男がこのような考えを持ったなら、彼は性倒錯者であるか、もしくは性倒錯者的なファンタスムを持っているとされるであろう。ここにはまず女になりたいという性転換という倒錯の願いが表わされている。男である自分が別の男と性的関係を持ちたいという同性愛願望もある。また性交されるという受動態的表現のなかにはなんとなくマゾヒスティックな欲望を読み取ることもできる。 ゼウスと女神ヘラは男と女とどちらが多く性的快感をえられるかということで言い争ったという。一度女になったことのあるチレジアスにその裁断を仰いだところ、彼は、男女の結合から生まれる快感の全体を十とすると、女はその内の九を得、男は一だといったそうだ。男性は女性のこういった性的悦びの神秘にたいして、いったいそれはどんなものだろうと興味を持つものだ。こういった興味がこのファンタスムにも示されていると言うこともできよう。これは普通の神経症者的な興味でもあろうが、神経症の男がそれを表現するとしたら、女となって性交されれば、どんなに気持ちがよいだろう、といったようにより散文的な表現がなされよう。ここで、きれいだろうな（Sch?n）、という美的価値を持ってくるところに、優れて審美家である倒錯者の性格を見て取ることができるというのは誇張であろうか。 この怪しからぬファンタスムを持ったのは、ドレスデン控訴院院長に任命されてまもない、ダニエル?パウル?シュレーバーであった。これが倒錯者のファンタスムとすると、倒錯者と法の間には密接な関係があることが知られているのであるから、法曹界に属するひとりの人間がこのような考えを持つことも不思議ではないと思われるかもしれない……。 私は怪しからぬと書いた。それはこのファンタスムを持ったシュレーバー自身にとって、このような考えを抱くことは許せないことだったからである。彼は、ある朝、まだ朦朧とした状態でこの考えを持ったのであるが、はっきりと目覚めた時ならば、このようなごとはおおいに憤慨して否定したであろうと述べている。 倒錯者が自分自身のファンタスムに対して憤慨することはなかろう。そうすると、このような考えを持った者が倒錯者だということはすこしおかしいではないか、との疑問が出てこよう。確かにそうである。シュレーバーは性倒錯者ではない。精神病者であったのだ。フロイトの症例によって彼の名は広く知られ、今では歴史上最も有名な精神病者の一人である。そしてわれわれが今、倒錯的ファンタスムとして扱ったものは、彼の精神病の妄想を構成しているもののうちで、重要な要因を占めるものである。性倒錯的特徴はさまざまな形態をとって、神経症、精神病、性倒錯者を問わず、あらゆる精神構造に付随するものであるから、シュレーバーの妄想にそれらのいくつかの特徴が備わっているというのも特別なことではない。 性倒錯とシュレーバーの関係はこれだけではなく、彼の精神病を追っていくと、妄想の初期にでてきたこのファンタスムに加えて、他にもまだ性倒錯的な要因が幾つか浮かび上がってくる。 彼の妄想は、その初期において、彼自身が神もしくは彼の主治医であったフレヒジッヒから女として扱われ、娼婦のように弄ばれ、そのあげく捨て去られてしまうというもので、シュレーバーはあくまで自分は男としてそれに抵抗して戦おうとするのであった。その後、彼は自分が死んでしまったという妄想を持ち、それを境に彼は自分自身の女性化を受け入れるようになる。そして彼は自分自身の肉体に女性神経が生み出され、身体の形態も女性化し始めたと考え、鏡の前で女装することに悦びを見いだしたり、自分を神の女と考えるようになったりした。このときから彼を悩ましていた妄想は治まり始め、彼にとって正常な生活が可能となるのであった。 シュレーバーの妄想は女性化という要素を中心として構成されている。この女性化というテーマはシュレーバーの妄想だけに見られるものではない。トランスセクシュアルという一般的には性倒錯の一型として分類される人達がいる。本論では構造的にそれ以外の倒錯とは区別して考察するものであるが、彼らは自分は間違った肉体的性を持っていると考え、性転換を望み、中には実際に手術を行い肉体的性を変えてしまうものも少なくない。両者の比較はシュレーバーの妄想展開に貴重な手掛かりを与えてくれるかもしれない。 性別化 トランスセクシュアルにおいてもシュレーバーの精神病においても、男であること、女であること、という問題を中心にして彼らのファンタスムがつ