《オレたち花のバブル組》—池井戸潤.pdf

オレたち花のバブル組 池井戸　潤 2 3 ＊この電子書籍は縦書きでレイアウトされています。 ＊読む際のご注意、お断り等についてはこちらをお読み下さい。 4 5 目　次 第一章　銀行入れ子構造 第二章　精神のコールタールな部分 第三章　金融庁検査対策 第四章　金融庁の嫌な奴 第五章　カレンダーと柱の釘 第六章　モアイの見た花 6 第七章　検査官と秘密の部屋 第八章　ディープスロー トの憂鬱 タイトルをクリックするとその文章が表示されます。 7 　オレたち花のバブル組 8 9 　第一章　銀行入れ子構造 １ 「少々マズイことになりまして。会えませんかね」 ときえだたかひろ 　時枝孝弘のもとにその電話がかかってきたのは、六月三日の午後四 時過ぎのことだった。 たかゆき い せ しま 　電話の相手は原田貴之。伊勢島ホテルの財務部長である。 「私のほうは空いてますが、マズイとおっしゃいますと、どのよう な？」 　時枝は、フロアに差し込んでいる夕日の眩しさに目を細めながらき いた。 「電話では少々申し上げにくいことでして──」 は ね 　原田は言葉を濁す。 「弊社の羽根と一緒に伺いたい」 「専務とですか？」 なつひこ 　時枝は聞き返した。羽根夏彦は、伊勢島ホテルの大番頭といわれる 人物である。原田だけならともかく、羽根まで来るとなると、時枝ひ 10 とりで面談するというわけにもいかない。 〝釣り合い〟がとれないか らだ。 「戸原の予定をきいて参りましょうか」 と ばらいく お よ しん 　法人部長の戸原郁夫は、取締役本部長を兼務する国内与信のトップ だ。 　ところが原田は、 「戸原部長はお忙しいでしょうから」と遠慮をみ せた。普段厚かましい男の意外な遠慮は、時枝をさらに身構えさせる に十分だ。 　さわりぐらいは電話できいておきたい。しかし、口を開きかけた時 枝の先を越し、 「すぐに出ますから。お願いしますよ」 　そういうと原田の電話は一方的に切れてしまった。 　伊勢島ホテルの本社は京橋にある。実際、三十分もかからず、 「伊 勢島ホテルの羽根専務と原田部長がいらっしゃっていますが」と受付 から電話がかかってきた。 「エレベーターで八階まで御案内してください」 　受話器を置いた時枝は椅子にかけていた上着の袖に手を通すと、二 人を出迎えるため、足早に法人部のフロアを出た。 　応接室に案内された原田の顔が殺気だっている。 つくろ 　その上席に座った羽根専務は、一見余裕を繕ってはいるものの、表 にじ 情には隠しようのない不機嫌が滲み出ていた。 「このたび由々しき事態が発覚したので、それが公になる前にメーン バンクである御行のお耳に入れておきたい」 11 　羽根が切りだした。 「実は、運用失敗で百二十億円の損失が出るこ とが確定的となった」 「百二十億──」 あ ぜん 　時枝は啞然とし、唐突にこみ上げてきた焦燥感とともに、羽根の険 しい表情を眺めた。 　抱えてきたクレジットファイルは膝に置いているが、わざわざ開い てみるまでもなく、伊勢島ホテルの業績は頭に入っている。 　ここのところ低迷を続けており、今期の予想最終利益は約十五億。 年間売上八千億円のホテ