食品卫生(监视)戦后史.pptVIP

  1. 1、原创力文档(book118)网站文档一经付费(服务费),不意味着购买了该文档的版权,仅供个人/单位学习、研究之用,不得用于商业用途,未经授权,严禁复制、发行、汇编、翻译或者网络传播等,侵权必究。。
  2. 2、本站所有内容均由合作方或网友上传,本站不对文档的完整性、权威性及其观点立场正确性做任何保证或承诺!文档内容仅供研究参考,付费前请自行鉴别。如您付费,意味着您自己接受本站规则且自行承担风险,本站不退款、不进行额外附加服务;查看《如何避免下载的几个坑》。如果您已付费下载过本站文档,您可以点击 这里二次下载
  3. 3、如文档侵犯商业秘密、侵犯著作权、侵犯人身权等,请点击“版权申诉”(推荐),也可以打举报电话:400-050-0827(电话支持时间:9:00-18:30)。
  4. 4、该文档为VIP文档,如果想要下载,成为VIP会员后,下载免费。
  5. 5、成为VIP后,下载本文档将扣除1次下载权益。下载后,不支持退款、换文档。如有疑问请联系我们
  6. 6、成为VIP后,您将拥有八大权益,权益包括:VIP文档下载权益、阅读免打扰、文档格式转换、高级专利检索、专属身份标志、高级客服、多端互通、版权登记。
  7. 7、VIP文档为合作方或网友上传,每下载1次, 网站将根据用户上传文档的质量评分、类型等,对文档贡献者给予高额补贴、流量扶持。如果你也想贡献VIP文档。上传文档
查看更多
食品卫生(监视)戦后史

食品衛生(監視)戦後史  笹井勉  公衆衛生と食品衛生 日本国憲法第25条(1946年)  「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は全ての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上に努めなければならない。 食品衛生法(1947年)2003年改正前 目的   この法律は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする。 公衆衛生とは 食品衛生法の制定 1947年12月24日制定公布、1948年1月1日施行 飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的 戦前は1900年(明治33年)に「飲食物其ノ他ノ物品取締ニ関スル法律」が施行され、取締り業務は警察官が行っていた 1938年(昭和13年)厚生省が設置され、同省の所管となったが、食品衛生法が施行になるまで、警察部署によって行われていた 食品衛生戦後史(1) 1945年から46年化学物質による中毒多発 メチルアルコール中毒多発 (有毒飲食物等取締令)  ?45年:死者403名、重症(失明)55名、軽症111名  ?46年:死者1,841名、重症(失明)120名、軽症492名 有害人工甘味料が出回る 戦争により砂糖不足が生じ、不純物の多い闇のサッカリン、ズルチンが出回り、 中毒患者や死者が出た 46年10月、公衆衛生監視員制度発足(東京都) 知識階級失業応急救済事業 資格:医師、薬剤師、獣医師が望ましい 47年9月、東京都食品衛生監視員制度実施 食品衛生戦後史(2) 48年1月、帝銀毒殺事件 東京都豊島区の帝国銀行椎名町支店に「東京都衛生課医員」と称する男が、集団赤痢の予防薬と偽って16人に青酸化合物を飲ませ12名が死亡した。池袋保健所の食品衛生監視員も取り調べられた。 48年12月「輸入雑豆による中毒」 兵庫県で米の代替で配給されたビルマ産雑豆により患者31名中、死者4名。サルタニア豆に含まれていたシアンが原因、100g中に49.6~52.9mgの青酸を含有 49年7月、東京都「ふぐ取扱業取締条例」全国初のふぐ調理師試験 食品衛生戦後史(3) 50年10月、シラス干による食中毒 大阪府で患者318名、死者20名、新しい菌が検出された 51年5月、ボツリヌス菌による食中毒 北海道で自家製のニシンの「いずし」を食べた主婦3名が死亡、ボツリヌス菌による初めての食中毒事件となった 51年8月、輸入食品検査の食品衛生監視員配置 小樽、横浜、清水、名古屋、神戸、門司、国立衛生試験所等 51年12月、いわゆる「乳等省令」公布 乳及び乳製品の成分規格等に関する省令 食品衛生戦後史(4) 52年2月、食品衛生監視員資格拡大 医師、薬剤師、獣医師に畜産学、水産学又は農芸化学に関する大学卒業者が加わる 52年7月、食品衛生自治指導員制度(東京都) 53年8月、食品衛生法施行令制定(省令から) 製品検査、食品衛生監視員の資格、許可の指定業種 53年10月、ボツリヌスE型菌確認 秋田県で「鯉のいずし」による食中毒で初めて確認される。 53年11月、サルモネラ?ナラシノ菌 千葉県八日市場で納豆に食中毒 食品衛生戦後史(5) 54年3月1日、ビキニ水爆実験でマグロ漁船被災 3月16日、築地で「第5福竜丸」より荷揚げした、マグロから強度の放射能検出 55年3月、雪印乳業の脱脂粉乳による食中毒事件 都内の小学校9校で喫食者7,638名、患者1,936名の黄色ブドウ球菌による食中毒(都内で最も多い患者数) 55年6月から8月森永ヒ素ミルク事件 岡山大学医学部の浜本教授が入院死亡した乳児の枕元にあった調整粉乳(MF5516)を法医学部に検査を依頼し微量のヒ素を検出したことが、本事件の発見の端緒となった、全国で130名死亡、患者は12,368名 食品衛生戦後史(6) 56年5月、水俣病発生の公式確認 水俣保健所の奇病発生の報告、53年末より散発的に発生し、当初伝染性の奇病として住民が隠蔽していた事件は、調査研究の進むにつれて、その究明が行われた。 57年6月、食品衛生法第9次改正(添加物規制強化) 森永ヒ素ミルク事件を受けて、①食品添加物の定義の明確化②化学合成品の定義化③食品添加物公定書の作成④食品衛生管理者の設置⑤食品等の輸入の届出制⑥罰則規定の整備など 57年7月、全国食中毒事件録創刊(厚生省) 食品衛生戦後史(7) 58年5月、防衛関係機関で集団食中毒発生 横須賀市の防衛関係機関で1148名の集団食中毒、原因食品は「キャベツ」、症状は下痢程度で軽症、病原大腸菌のある種のものと推定され「横須賀株」と名づけられた 58年8月、日清食品「チキンラーメン」発売 59年夏、好塩菌によるアジを主とした食

您可能关注的文档

文档评论(0)

ligennv1314 + 关注
实名认证
文档贡献者

该用户很懒,什么也没介绍

1亿VIP精品文档

相关文档