泥石身体-大阪立大学文学研究科.pdf

空間・社会・地理思想 17 号，19-32 頁，2014 年 Space, Society and Geographical Thought 泥、石、身体 ―身体と物質性をめぐるポリティクス― 中島　弘二* Koji NAKASHIMA Mud, Stone, Body: Toward Material Imaginations はじめに 治的なるものと物質性はどのような関係にあるの か，今後の展望も含めて明確に打ち出してみたい。 　2000年代初頭に英語圏の人文地理学において物 　以下では，最初に東日本大震災をめぐる新聞報道 質論的転回（material turn）が叫ばれるようになっ ２） や筆者自身の経験を題材として ，泥や瓦礫などの てから，物質性という言葉は人文地理学において モノと身体との関係について検討する。次いで，震 様々な意味で用いられるようになってきた。それら 災時にあらわれる新たな公共性と身体との関係につ は古典的な意味における「物」や固体的なものから， いて，「災害ユートピア論」とラディカル・デモクラ 具体的なもの，光，音，運動，速度，持続性まで， シーの議論を手がかりに検討する。最後に，石ころ 様々な観点から論じられており，決して一様ではな に語りかける母親たちの姿を通して，再び身体とモ い（Cresswell 2013: 229-230）。物質性の概念が用 ノとの関係について検討を加えるとともに，物質性 いられる文脈も，非表象理論や複雑系，ハイブリッ と身体との関係をめぐる将来的な展望を示したい。 ド地理学，ポストヒューマニズムなど様々であり， しかもそれらは相互に関連し合っている。それらを 網羅して理論的な展望を示すことは筆者の力量を越 Ⅰ　東日本大震災における「泥と身体」 えているし，すでに日本人地理学者によるすぐれた 展望論文（e.g. 森　2009, 2011）もあるので，詳細は そちらを参照されたい。 １. 絶望の暗喩としての泥 　本稿では，ひとまず物質性を一般的な意味におけ 　「午後４時頃，ガラス張りのビルの中から，付近 る「モノ」の様態と同義にとらえたうえで，主として の防風林を越えて木々を押し倒し，車を流してく 以下の２点から，それを論じることの意義と可能性 る大量の真っ黒な水が見えた。津波だった。」（2011 年3月17 日19時07分 読売新聞） について検討をおこなう。１）身体と物質性の関係 について。本稿では「物質」一般ではなく，身体との 　2011年3月11 日に発生した東日本大震災における 関係において問題となる限りにおいての物質性につ 津波被害が語られるとき，泥や土砂を大量に含んだ いて論じる。言い換えれば，身体と直接的に関わり このような「黒い水」に対する恐怖が語られることが のない物質性の議論については，今回は研究の対象