無著道忠と檗僧齊雲道棟との交渉.docVIP

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無著道忠と檗僧齊雲道棟との交渉 ―『雙岡齊雲紀談』を中心に― 林觀潮 「無著道忠と檗僧齊雲道棟との交渉―『雙岡齊雲紀談』を中心に―」、『花園大学国際禅学研究所論叢』第一号、京都花園大学国際禅学研究所、二〇〇六年三月。Pages1-50。ISSN1880-7925。 TOC \o 1-3 \h \z \u はじめに - 1 - 一 『雙岡齊雲紀談』について - 2 - 二 『雙岡齊雲紀談』に見える両者の往訪 - 3 - 三 『雙岡齊雲紀談』の内容 - 4 - 四 齊雲道棟その人 - 13 - 五 『雙岡齊雲紀談』に登場する檗僧たち - 23 - 六 齊雲との交渉における無著の狙い - 28 - 七 無著の齊雲を見る目 - 35 - 八 無著の真の黄檗観とは - 37 - 結び - 43 - 引用書目 - 45 - はじめに はじめに 江戸禅宗史において、明末より渡来した隠元隆琦(一五九二~一六七三)が開立した新興禅宗黄檗派と在来の臨済宗妙心寺派との関係は、興味深い問題である。隠元とその黄檗派に対する態度によって、妙心寺派内部は隠元とその黄檗派を支持し、それに親近する親檗派と、それに反対して排斥する反檗派との二つに大きく分けられるであろう。次の文章を参照されよう、 次の文章を参照されよう、 花園學人「黄檗的傳播と妙心の壁書」(『禪宗』第二六四号。京都貝葉書院、大正六年三月)。 川上孤山著、荻須純道増補『増補妙心寺史』第三編第四節「黄檗隠元の来朝と妙心」。思文閣出版、昭和五十年 四月。 鷲尾順敬『藍山全集』第一巻『日本禅宗史の研究』「黄檗派の開立と龍渓」。教典出版社、昭和二十年十月。 辻善之助 『日本仏教史』、第八巻近世篇之三第十章「江戸時代」第十二節「江戸時代中期における佛教の復興」 其一「黄檗の開立」。岩波書店、昭和二十九年四月。 荻須純道「隠元禅師と黄檗山」(『禪文化』第十八號、禪文化研究會、昭和三十五年三月)。 鏡島元隆『道元禪師とその門流』「無著と洞門の交渉」。誠心書房、昭和三十六年十月。氏は「承応三年(一六五四)、黄檗隠元の来朝は、禅界に一大波瀾を生じた。臨済宗であれ、曹洞宗であれ、新来の明朝禅によって惰眠を覚まされた両宗は、ここに黄檗禅に接近して禅の革新を図ろうとする親檗派と、黄檗禅を排斥して自宗の面目を発揮しようとする反檗派が渦を捲いて起こったのである」と述べられた。 平久保章『隠元』。吉川弘文館、昭和三十七年九月。 伊藤古鑑『日本禅の正燈 愚堂』、章三「愚堂の接化」八「隠元に対する排撃」。春秋社、昭和四十四年十一月。 源了圓『鉄眼』(『日本の禅語録』十七)。東京講談社、昭和五十四年五月。六十一頁「隠元の來日に対する日本側の反応」、六十六頁「新黄檗の創立と妙心寺派の反発」、八十四頁「黄檗創設後の隠元ならびに黄檗禅に対する妙心寺側の批判」。 Richard Jaffe「Ingen and the Threat to the Myoshinjiha」(『駒澤大學禪研究所年報』第二号、駒澤大學禪研究所、一九九一年三月)。 竹貫元勝『新日本禅宗史―時の権力者と禅僧たち』第一部第四章「近世の禅僧」第七節「隠元隆琦と無著道忠」。禅文化研究所、平成十一年七月。 反檗派を挙げると、周知のように、隠元の生前における愚堂東寔(一五七七~一六六一)と、隠元の寂後における無著道忠(一六五三~一七四四)が代表的な人物である。特に無著は、隠元の最初の支持者竺印祖門(一六一〇~一六七七)の法嗣であるだけに、『黄檗外記』を著わし、隠元とその黄檗派を激しく排斥したことは注目される。今まで、『黄檗外記』に綴られる無著の情緒的な言論は彼の黄檗批判の好材料としてしばしば取り扱われてきたが、『黄檗外記』成立以前に無著が黄檗派に接近し情報を収集したこと、そして彼の黄檗観に大きな変化があったことは、無視されてきた。 本稿は、無著の記録『雙岡齊雲紀談』を中心にして、彼が隠元の侍者だった檗僧齊雲道棟(一六三七~一七一三)と交渉したことを明らかにし、無著の黄檗観について改めて考えて見るものである。 一 『雙岡齊雲紀談』について 一 『雙岡齊雲紀談』について  『雙岡齊雲紀談』は、無著と齊雲との会話の記録であり、これまでほとんど紹介されることのなかった資料である。この書に記された両者の会話は、元禄十一年(一六九八)二月二十三日から正德三年(一七一三)三月十三日までの十六年間におよび、三十八回を数えるに至った。  会話記録の各条は、時には齊雲の話しだけが記され、時には前半が齊雲の話しで、後半が無著自身の発言や感想、あるいは注解であり、また時には前半が無著の疑問で、後半が齊雲の回答である。無著はこの書の始め

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