旧日本軍における人事評価制度 - nids.go.jp.pdf

【研究ノート】 旧日本軍における人事評価制度 将校の考科・考課を中心に 石田 京吾 濱田　 秀 はじめに （1） 　今日、旧日本軍 の人事評価制度と、それがもたらした結果に対する評価は芳しいもの ではない。廣瀬照幸は、陸軍について 「公平な競争による人事決定」の徹底が 「遊泳術に （2） 巧みな能吏タイプの人間」を高く評価し、昇進させたと指摘している 。また、試みにあ るビジネス書をひもとけば、陸海軍の人事評価制度を、競争と評価を避け、一方でエリー （3） トなら失敗をしても保護される仕組みであったと断じている 。これらの例が示すように、 陸海軍の人事評価の硬直性を指摘する例は多い。 　しかしながら、実際の陸海軍の人事評価制度がどのようなものであったかについては、 よく知られていないのが実態である。例外的に旧日本軍将校による人事制度の概説があり （4） （5） 、また軍事エリートの選抜過程に関する実証 ・統計的な研究はあるものの 、人事評価 制度自体については本格的な研究がほとんどない。 　そこで本稿は、旧日本軍の人事評価制度を明らかにすることを試みる。具体的には平時 における考科 ・考課の方式、実戦での実績評価の方式、そうした評価結果が進級にどのよ うに反映されたかを探求する。ちなみに考科 ・考課とは勤務評定のことであり、それぞれ 陸軍 ・海軍の用語である。 　とはいえ、この課題には難しさが待ち受けている。第1 に、評価手続きに関する内規や 人事評価結果といった具体的史料の不足である。それは、終戦直前 ・直後に多くの行政書 類が処分されたことに起因する。第2 に、紙の上の制度とは異なるであろう運用の実際を （1）　本稿では旧日本軍全体を陸海軍、旧陸軍を陸軍、旧海軍を海軍と呼称する。 （2）　廣瀬照幸 『陸軍将校の教育社会史 立身出世と天皇制』（世織書房、1997 年）353 ページ。 （3）　田中滋 ・浅川港 『まず、日本的人事を変えよ! 「競争」と 「評価」が活力を生む』（ダイヤモン ド社、2001 年）83～86 ページ。 （4）　例えば、山崎正男 「旧軍軍制史梗概」（陸上自衛隊幹部学校、1961 年）、田中慶美 「陸軍人事制度概説」 （防衛研修所、1981 年）、末国正雄 「帝国海軍人事制度概説」（防衛研修所、1972 年）。 （5）　熊谷光久 「旧陸海軍将校の選抜と育成」（防衛研修所、1980 年）、同 『日本軍の人的制度と問題点 の研究』（国書刊行会、1994 年）、河野仁 「大正・昭和期における陸海軍将校の出身階層と地位達成」『大 阪大学教育社会学 ・教育計画論研究集録』第7 号 （1989 年）、山口宗之 『陸軍と海軍 陸海軍将校 史の研究』（清文堂、2000 年）など。  防衛研究所紀要第9巻第1号（2006年9月） 知る人物が、ほとんど生存していないことである。こうした困難はあるものの、本稿では わずかに現存する法規や行政文書から制度の姿を再構築することを試みる。法規について は陸軍大臣官房編纂 「陸軍成規類聚」や海軍大臣官房編纂 「海軍諸例則」などを、行政文 書は 「陸軍省大日記」や海軍大臣官房編纂 「公文備考」などを利用する。また旧日本軍の 人事担当者の回想録などをあわせて参考にすることにより、実際の運用の姿を明らかにす （6） るに努めるとともに、特に評価結果と実際の人事行政との関係に着目する