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建築と哲学
建築と哲学(中村貴志)
? Heidegger-Forum vol.5 2011
28
建築と哲学
―建てることと考えること―
中村 貴志(武庫川女子大学)
序 Hic Rohdus, hic(nunc) salta!
今日は 8 月 6 日。あのヒロシマからちょうど 66 年。私事ながら、私が生まれてからちょ
うど 64 年。そして、あのフクシマからすでに 148 日。
このハイデガー?フォーラムで以下のような草稿を発表してから、およそ 10 ヶ月が過ぎ
去った。その間、私は何を考えたのか?
それは、ほかでもない。この草稿の意義である。哲学が何か「普遍的なもの」に触れる
としたら、そして、建築が何か「具体的なもの」にかかわるのなら、われわれは、哲学の
意義を常に問い、建築作品の持続性をそのつど反問せざるをえない。哲学の思索は、いっ
たい何のためか? 建築の作品は、いったいどこへ消え去るのか?
あのフクシマで、わが国の生活=環境は一変した。政治は混迷をきわめ、経済は不安を
深め、日本の文化と歴史が重大な危機に瀕している。「住まいの空間」は、筆舌に尽くせな
いほど悲惨な状況に追い込まれ、原子力の脅威は人類の《生存》そのものを脅かす。自然
の猛威に人間の暴挙が重なって、未来の世界が暗雲で覆われたように見える。そのような
状況で、あの草稿も、まったく無意味な反古になったのだろうか?
いや、けっしてそうではない。われわれの思索は「諸々のもの」の配置1にかかわってい
る。建築の術語でいえば、それは、敷地や立地の課題である。そして、種々の部材を組み
合わせたディテールの「美しい納まり」の課題でもある。哲学の言葉で考えれば、それは、
「さまざまなもの
..
の《所在を究明すること》」といえる。古代のウィトルウィウスが語った
《適所性の理念》2がその根底を支えている。
現代の原子力発電所も、世界のさまざまな敷地に立地する。その配置には、人間の多様
な価値観が働いている。人それぞれの価値観は、政治や経済の場面でしばしば対立する。
不穏当な表現かもしれないが3、たとえば、東京の都心に原発を配置すれば、いったいどの
ようなことになるのだろう。
原子力の発電所も核兵器の基地も、その立地は、各国の地理と歴史に依存する。そこに
はまた、社会と政治と経済の動向が深く刻まれる。しかし、自然の現象と同様に、人間の
あらゆる技術にも、《完全な安全性》はありえない。原発の敷地は、そのつど「適切と考え
1 Vitruvius, dispositio.(後述)
2 Vitruvius, rerum aptis locis.(後述)
3 このような表現が「不穏当」とみなされるなら、まさしくそこに原子力の潜在的な脅威が働いて
いる。
建築と哲学(中村貴志)
? Heidegger-Forum vol.5 2011
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られた場所」であり、あるいは、「止むを得ずそれを受け容れた場所」とみなされる。日本
の地図を鳥瞰するなら、原発の配置は、われわれの《存在》の自己認識を明らかに告げて
いる。
人々は、農村や漁村の替わりにその発電所を受け容れた。時には、引き受けざるをえな
かった。そして、多様な生物が生きる自然の価値よりも、現代の科学技術がもたらす経済
的な効用を追い求めた。また、追い求めざるをえなかった。
ひとつの《場所》4には、人間の希望や欲望、そして悲惨な現実さえも、集約される。ひ
とつの場所には、さまざまなもの
..
が摂り集められる5。以下の思索は、そのような場所の働
きにかかわっている6。
そのような場所の中心は、おそらく《無》なのだろう。場所の働きは、あたかも車輪の
ように、中心の廻りに回転し、その影響を周囲に及ぼしてゆく。場所の働きは、風車のよ
うに、自然の風に委ねられる7。「ディアテシスのイデア」は、そのような場所の核心を見
きわめることに向けられる。
言葉の意味
「建築」と「哲学」、この二つの日本語は文明開化の前夜に成立したが8、その語源はい
ずれも紀元前5世紀のギリシア語に遡る。西欧の世界では、それ以来、アルキテクトニケ
ーとフィロソフィアという言葉が一貫して用いられてきた9。用語の意味が歴史的に変遷し
たとはいえ、西欧の文化の一端は今でも古代のギリシアに繋がれている10。
「哲学」と「建築」、この二つの言葉の意味を問うことは、今では何か時代遅れ(out-of-date)
の印象を与える。
さまざまな国語の間で、言葉の意味が確実に対応することは望め
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