咸錫憲の宗教思想-SPIRIT.pdfVIP

咸錫憲 ハムソクホン の宗教思想* Ⅰ．宗教的遍歴 真実と愛を追求しつつ、この国の痛々しい歴史を抱きしめ闘ってきた咸錫憲の生と 思想はそのまま彼の宗教的信念をあらわしている。彼がつむぎ出した一句一句に、彼 の魂の叫びが聞こえないものはない。彼の思想はすなわち彼の宗教である。熾烈な自 己省察と妥協を知らない社会政治的闘争を同時に追及した咸錫憲の生と思想は、彼の 宗教と密接につながっているのである。彼の宗教を知らずに彼の生と思想を語ること はできず、彼の生を離れて彼の宗教を論ずることもできない。なおかつ、彼の宗教観 はキリスト教と東洋の精神を融合した独特で創造的なものであるがゆえに、彼の宗教 思想を理解するためにはまず彼の宗教的遍歴を知る必要がある。 彼は、1901 年ピョンアン道プクソの近くにある小さな島で生まれ、６～７歳ごろか らキリスト教の学校で信仰に触れた1。２２歳まで伝統的な長老教会の信者として過ご すが、1923 年日本に留学し内村鑑三から無教会の信仰を学んだ。内村は、偽善的で形 式的であった当時の日本の教会を離れ、自由で真実な信仰生活を追究していた人物で ある。彼の無教会信仰は制度的な既存の教会に対しては自由であったが、十字架によ る贖罪を強調するたいへん伝統的な信仰であった2。自由で真実な生を追究した無教会 の信仰は日帝の暗黒期を勝ち抜く精神的な力となった。咸錫憲は金教臣らと共に「信 仰朝鮮」という信仰雑誌を通じて信仰と民族愛を育てていったのである3。ところで、 無教会の信仰はルターの「万人司祭説」と「信仰のみ」の教理を徹底化させることで 教会の制度と儀式を排撃した個人中心的信仰であった。したがって、日帝時代におけ る咸錫憲の思想は個人中心的なものであった。彼は「民族が生きる道は真の信仰にの みある」4と考え、「個人が正しく生きれば社会はおのずとただされる」5と考えた。純 粋な信仰的な情熱と民族愛を共に燃え上がらせた「信仰朝鮮」のゆえに、彼らは 1942 * 朴在淳 パクジェスン 『民衆神学とシアル思想』（1990、天地）、218～245 頁より、香山洋人訳。朴在淳は 1950 年生まれ。ソウル大学で哲学、韓国神学大学および同大学院で神学を学び、ボンヘッファーに関 する論文で博士号を取得。韓国神学研究所翻訳室長、韓国キリスト教社会問題研究院研究室長な どを経て、現在、梨花女子大、韓神大などで教えている。80 年代後半から「民衆神学第二世代」 として民衆神学関係の論文を著し、現在は新たにグローバリズムや環境問題を視野に入れた「韓 国的生命神学」を提唱している。 1 咸錫憲「水の中よりあがって」『咸錫憲全集』（以下『全集』と略す）４、ハンギル社、1981、85 ～86 頁；「異端者となるまで」『全集』４、183～184 頁。 2 「異端者となるまで」『全集』４、191～194 頁。「神の足に蹴られて Ⅰ」『全集』４、216 頁。 3 「異端者となるまで」『全集』４、194 頁。 4 同前、194 頁。 1 5 「私がむかえた八?十五」『全集』４、269 頁。 年、一年のあいだ獄につながれることになった6。咸錫憲は三十年に近い歳月を信仰の 同志として彼らと共に過ごした。 しかし自身の理性的良心に誠実であった彼は、最後まで無教会の信仰に浸っている ことはできなかった。彼が長年の信仰の同志たちと辛い別れを向かえなければならな かった理由は何であろうか。彼は三つの理由を上げている。第一に、無批判的に内村 に追従する信仰の態度を拒否し、独自で主体的な信仰を持とうとした。内村を師と仰 ぎながらも、彼は内村を真似ることに満足できず、自由な人格として自身の体験と思 想に合った信仰を求めたのであった。第二に、朝鮮の現実が独特であるがゆえに、我々 の現実に対処するためにはその現実に合う「我らの宗教」を必要としたのであった。 第三に、急変する歴史の中で眠っている民衆を目覚めさせるために、既存の宗教に安 住することはできず、「いかさま師と言われようとも道化師の役目」を果たさなければ ならないということである7。 無教会信仰との決別は突然起こったのではなく、二十年のあいだ心の中で闘いなが ら求めていた結論であった。1952 年冬に「白い手」という長編詩を発表したが、これ は彼の信仰告白であった。この詩において彼は「十字架の功徳によってかわって罪を 贖われる」という教理を信じさえすればいいという思想に反対し、キリストと人格的 に一つとなる体験を強調し、そのためには人格の自主性を生かし十字架を担わなけれ ばならないと主