現代における福祉思想の可能性.pdfVIP

唯物論研究協会 第 33 回大会 シンポジウム趣意書 現代における福祉思想の可能性 現代における福祉思想の可能性を事あらためて問うのは、既存の「福祉」や「福祉思想」 と呼ばれているものが、本質的には救貧法的発想からさほどは抜け出てない問題点を数多 く抱えており、それらは福祉 Welfare の名に値する代物ではないかもしれない、という疑 義があるからである。それは近年の格差社会を前提にした「社会保障」の在り方―――昨 今の所得控除額削減と取引になりかねない子ども手当てや、抜け穴だらけの非正規雇用規 制法制などを含む―――、とりわけ「自立」を強調し、結果的に多くの弱者を更に酷い目 に遇わせる法制度等々に拠るものだけではない。更には、法を市民法に限定し、「福祉」や 「社会保障」の基盤たる社会法を本来の法から放逐する動きや、昨今はやりの公共性論や 新たな市民社会論などが、「福祉」を真剣には扱ってないことなどに対する疑義もある。 もちろん、「福祉」現場などでの懸命な努力や様々な困難の解決に向けての地道な「福祉」 運動は重要であり、これら現場などでの目立たないが着実な営みは―――実際にも、公的 介護保険の一定の改善や、障害者自立支援法の廃止への動きを決定づけたが―――、新た な福祉思想の構築にも生かされねばならない。加えて、現場の「福祉」の困難の多くはこ れまでの新自由主義政策がもたらすものであるから、新たな福祉思想を構想し構築するた めには、新自由主義を克服するための思想的営為が不可欠となる。そしてこれらを考える とき、現在「福祉」と称されること自体を、「福祉」の原義たる福祉 Welfare、つまりは〈well （善く）+fare（やっていく）こと＝善き生活〉という普遍的な意味に立ちかえって、新た に問い直すことも必要だと思われる。 もっとも福祉の本来的な再考という大課題に立ち向かうには、身近な、その意味では小 さな論点から世界大の課題に至るまで、考えなくてはならないことは多い。些細なことか もしれないが例えば、現行の障害者自立支援法には、既存のものに限定された「福祉」と いう言葉自体でさえ、数カ所しか登場せず「福祉」が介護?介助?援助等々の狭いものへ と換骨奪胎されている。あらためて福祉労働、「ソーシャルワーク」とは何かを問わざるを 得ない。他方少し大きいことで言えば、日本の「福祉」や「社会保障」の予算が、先進国 では最低水準に近いという問題もあるが、より深刻な大問題は、現在の世界的貧困と世界 的格差拡大の問題である。例えば既存の「福祉」でさえ、それらを享受できるのは世界の 60 数億人の内、せいぜい 10 億人程度でしかない。これらを無視して「先進国日本の福祉」 のみの向上を目指したとしても、ブーメラン効果もあり、「先進国」内でも福祉を裏切る現 在の格差構造を温存?強化してしまうだけである。そもそも“他民族を不自由にする民族 は自由になれない”のであり、このことも新たな福祉思想を構築する際にはきちんと位置 づけられねばならない。そのためには何が必要か？ これらを考える際にはまた、経済的 進歩や生産力の向上自体の統制の存否により、同じ資本主義でもその展開速度に違いがあ り、そうした相違がもたらす社会全体の福祉 welfare の違いも捉えねばならない。 以下では順不動になるが、もう少し論点を挙げておきたい。 （１）例えば資本主義市場化の端緒となった 1795 年の英国スピーナムランド法は、労働 市場の全国展開―――教区農奴制など労働者の移動の自由の制限の撤廃―――やこれによ る生活の保障からの「自由」と、救済額は少額とはいえ労働者の賃金への国家的扶助によ る「生存権」保障とを、矛盾的に同時に設定した。このことは、資本主義の本質自体が当 初から、ある種の「社会保障」や「福祉」と一体だったことを示している。またこのスピ ーナムランドの経験は、税による雇用者への賃金補助を通じた被雇用者の所得確保の目論 みが、被雇用者への実際の給付額の、時に 30%に及ぶ減少や労働生産性自体の低下を導い たという事実を教えている。更には現代のベーシックインカムなども含む労働を脇におい た所得保障は労働インセンティヴの低下に至り、差し当たりの貧困の税による解消が貧困 を誘うことにより、社会保障全般の財源難に至る、といった疑義もある。 （２）新たな福祉?福祉思想を求める際にも、これら歴史的事実に真摯に応答する必要 があるはずだろう。当然ながら、上記に対しては、生存権や労働権からなる社会権自身の 真の確立があれば先の疑義などは払拭できる、とする議論はありえよう。だがそもそも、 社会権の真の確立とは、どんなことであり、これが「福祉」後退の現時点で