環境哲学と環境倫理学の位置づけをめぐる一試論――環境哲学をキーコ.pdfVIP

上柿崇英（2014a）『環境思想?教育研究』 環境思想?教育研究会 第 7 号 pp. 96-101 掲載 1 / 6 環境哲学と環境倫理学の位置づけをめぐる一試論 ――“環境哲学”をキーコンセプトとする環境思想研究の射程―― A Study on Places of Environmental Philosophy and Environmental Ethics: The Range of the Study of Environmental Thought with the Key Concept as Environmental Philosophy 上柿 崇英 UEGAKI, Takahide はじめに わが国の環境思想研究はアメリカ環境倫理学の輸 入から始まったと言える。その先駆けは加藤尚武によ る『環境倫理学のすすめ（1991）』であり、わが国で はそれに倣う形で、主に北米の環境倫理学説を翻訳し、 その是非を問う形で研究が進められてきた。90 年代は リオ?サミットの開催をはじめ、国内でも環境省、環 境基本法といった環境行政の整備が進んだ時代であり、 それは同時に北米を中心に形成されてきたエコロジズ ムと、それに含まれる諸概念がわが国に一斉に押し寄 せた時代でもあった。 従来の環境倫理学説は今日すでに一定の役割を果 たし終え、その主題の多くは、わが国でも議論され尽 くされた感がある。2000 年代は、その意味で、北米由 来の諸テーゼをいかに総括し、またそれを乗り越えて いくのかということが問われた時代であった。もっと も、そこで行われてきた総括の多くが、あくまで環境 倫理学の地平、あるいは倫理学的文脈に基づく反省と して行われてきた点には注意が必要である。例えばよ り広い環境思想研究の枠組みを設定し、そこから環境 倫理学という射程そのものを相対化するという視点、 あるいはそもそもなぜ、環境思想研究は環境倫理研究 でなければならなかったのかを問うこと、こうした議 論の試みは、必ずしも十分ではなかったからである。 本論で着目したいのは、環境思想研究における、環 境哲学（environmental philosophy）という概念の持 つ、キーコンセプトとしての可能性である。わが国で は環境思想研究を環境倫理研究と同一視する傾向が今 なお根強く存在する。しかしここでは環境思想、環境 哲学、環境倫理学の違いを再考することで、環境倫理 研究、特に応用倫理学的な問題設定に還元されない環 境思想研究の射程というものを思案してみたい。中で も環境思想と環境倫理学を媒介し、後者を基礎付ける 重要な学問領域として環境哲学を位置づけ、その可能 性を問うことを試みたい。 １．環境思想研究の位置づけをめぐって ⑴ 環境思想研究における“倫理主義” 最初に確認したいのは、現代環境思想においてなぜ 倫理学が特別な意味を持ち、また環境思想研究は環境 倫理学として展開されなければならなかったのか、と いうことである。その際重要なのは、環境思想におけ るこの“倫理主義”的傾向自体は、実際にはわが国に 導入される以前に、北米の現代環境思想そのものの中 にすでに含まれていた、ということである。 筆者はこの問題についてすでに何度か思想史的な整 理を試みてきたが（上柿 2009、上柿 2013）、そこに は大まかに言って以下のような歴史的事情が関わって いたと考えられる。第一に 70 年代の環境主義に内在 していた倫理学への戦略主義的な期待 、、、、、、、、 、すなわち環境 問題の性質上、環境対策は特定の人々に対する規制や 負担に直結するため、その正当性を規範的な原理によ って基礎付けようとする動機付けがきわめて強く働い ていたこと、第二に、当時の環境主義においては、危 機の根源が人間中心主義概念と密接に結びつく形で理 解されていたこと、すなわち環境問題を生み出してい るのは環境への配慮を欠いた人々の行為の蓄積である が、そのような行為の背後には自然を人間のための道 具と見なす世界観と価値体系があり、そのような世界 観、価値観の転換によって人々の行動が変わることな しには、いかなる技術的改善も小手先の対処にしかな り得ないという理解が働いていたこと、そして第三に、 この傾向そのものは、環境問題が認識される遙か以前 に、19 世紀末から続く自然保護主義に見られた原生自 然に対する保存（preservation）の精神にまで遡れる、 かなり根の深いものである1、ということである。 ⑵ わが国における倫理主義と「加藤テーゼ」 しかし北米の環境思想がもともと持っていた倫理主 義的な傾向は、わ