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 特集：この学問の生成と発展 社会政策・労使関係・人事管理 産業社会学 上林千恵子 （法政大学教授） と自戒していたように思われる。 Ⅰ　社会学の労働研究 社会調査には近年，非常に精緻化されたアンケート 社会学は，他の学問分野と異なり比較的その歴史が 調査のほか，ヒアリングによる面接調査や参与観察な 浅く，19世紀の西欧社会の産業化と軌を一にして発 ども含まれる。社会学分野での参与観察の名著には， 展してきた学問である。もっとも日本社会への導入は イギリス労働者階級の子弟が労働者階級として再生産 他の近代学問と同じ明治期であるので，日本での歴史 される過程を描いたポール・ウィリスの『ハマータウ は他の学問分野と同じである。社会学が明治期の帝国 ンの野郎ども』（原著1977）や，イタリア系の不良少 大学内に配置された学部は文学部であり，人文科学の 年グループを扱ったウィリアム・ホワイト『ストリー 一分野としてどちらかといえばドイツ哲学を基礎とし ト・コーナー・ソサエティ』（原著1943）などがある。 た思弁的，哲学的な要素が強かった。戦前の社会学の 社会秩序からドロップ・アウトした人々への限りない 対象領域は，理論的分野を除くと，家族，農村が主た 愛情と共感は，下手をすると世を拗ねて社会を正面か る分野で，その分野でのフィールドワークを前提とし ら見ないという危険をはらむものの，社会学の伝統で ながら，日本社会の考察を行ってきた。 もあり，この伝統は労働研究においても，社会階層の 社会学における戦前の労働研究は尾高邦雄の『職業 底辺層への関心と注目へとつながっていくのである。 社会学』（1941）を持って嚆矢とし，産業社会学の本 これは政治，法律，経済が社会制度の根幹を形づくる 格的な研究は戦後を待たねばならなかった。しかし， ものとして規範学問であることと比較すると，規範秩 これは社会学者の業績に限定した場合であって，社会 序への批判的観点が社会学により強く表れてきている 学者として労働研究を志す者は，横山源之助『日本の ともいえるだろう。この批判的視点が第二の社会学の 下層社会』（1899）や細井和喜蔵『女工哀史』（1925） 特徴であり，それゆえに歴代の社会学者に関して言え などが必読文献とされたのである。 ば，世に容れられないことへの誇りと嘆きを見てとる 社会学のテーマと方法を労働研究に応用する場合， ことも可能であろう。 その大きな特徴は，第一に社会調査に基づくこと，あ 第三の特徴としては，社会学における労働者の意 るいは基づいた論議をするというその実証性にあると 識，彼らの考え方への関心の高さである。これは，人 言ってよいだろう。社会学は当初は思弁的なものとし 間は単に状況の関数ではなく，自分から周囲へ働きか て始まったが，他方では，都市貧困層の研究，農村の け，自分や社会を変えていくことが可能な能動的で主 地主─小作関係の研究，あるいは村落共同体から離脱 体的に意欲をもった存在であるという人間観を前提に した人間集団の研究などの分野で実証研究が積み重ね しているからである。行為論的アプローチと言い換え られており，そうした社会調査研究の歴史がまた産業 てもよいだろう。したがって，職場，企業，地域社会 社会学でも重視されたのである。労働者は，その立場 の記述にあたっても，単に客観的制度や実態の記述だ から自分の置かれた状況を論理的に説明しうる知識・ けでは不十分であり，そこで働き，生活している人間 技術を持っていない。とりわけ，産業社会学が創始さ が何を考え，何をなしたか，どのような計画，目論見 れた戦後期は，社会学者である者と調査対象たる労働 を持ち，何を行ったかの記述を重視する。狭義には意