敦煌は莫高窟（千佛洞）とともに.pdfVIP

世 界 史 芸 術 鑑 定 団 13 世界史のしおり　2010年４月号付録 の旗だろうか。下段の全体図の中には騎兵や旗持ちに に滅ぼされるという形で、映画前半の舞台にもなる甘 敦煌は莫高窟（千仏洞）とともに 囲まれて演奏をしながら行進をする12人の楽員の姿が 州ウイグル王国の王女という設定になっている。原作 ―映画『敦煌』 （1988年、日中合作、原作 井上靖）と 描かれているが、彼らが奏でる楽器には正倉院に伝わ 者井上靖の周到な歴史考証に感服せざるをえない。映 　　　壁画《張議潮出行図》 （865年頃､ 敦煌莫高窟第156窟南壁）から学ぶ― るものも少なくなく、興味は尽きない。 画に描かれた李元昊の西夏軍はこの曹氏政権を1036 　実はこの壁画にはもう一つの歴史の刻印が刻まれて （映画では1035）年頃に滅ぼすことになるわけだが、 福岡県立東筑高等学校　今林常美 いる。下段全体図の行列の後方、壁の折れ目のところ このあたりの史実はまだ十分に解明されておらず、そ にある黒い煤跡は1917年のロシア革命で逃れてきた白 のことに気づいた井上靖が歴史の空白を埋めるべく、 朝に「帰義」して沙州（敦煌）帰義軍節度使の地位を 系ロシア人たちがここを仮の住居として暮らした、そ 元々の西域好きの嗜好もあって名作『敦煌』の執筆に ■　１．歴史の証言者　■ 得たのが他ならぬ今回の壁画の主人公、張議潮である。 の生活跡を示すものである。“こんな煤をつけてしま 至るのである。敦煌莫高窟と敦煌文書の存在を世界中 　1987年に世界遺産に登録された敦煌莫高窟は敦煌の 　表写真上段に示した《張議潮出行図》部分図には張 って”と嘆く、９世紀後半の張議潮のつぶやきが聞こ に広く知らせる契機となった20世紀初めの王道士によ 歴史の鏡であり、敦煌社会の縮図でもある。今回は、 議潮騎乗の白馬の前、橋の上方に白い短冊状の榜題が えてきそうな、現代史の生々しい「傷跡」である。河 る第17窟発見とその封印の謎を、井上靖は緻密な歴史 莫高窟第17窟をめぐる謎に挑んだ井上靖の原作をもと ある。ここには「河西十一州節度使張議潮□除吐蕃収 西地方全域を約20年かけて制圧した議潮は866年、兄 研究渉猟のうえに卓越した歴史的想像力を駆使して小 に制作された映画『敦煌』と“敦煌人”にして“敦煌 復河西一行図」とあり、この出行図が吐蕃を破って河 議譚の死を受けて帰義軍節度使の地位を甥の張淮深に 説の中に取り込んだ。井上靖の後年の回顧によれば、 の英雄”ともされる人物の凱旋パレードを描いた壁画 西一帯を収復した張議潮の凱旋パレードであることが 譲り、唐の都長安に兄に代わって入朝した。一種の 彼がこの小説を書くうえで最も参考にした論文が京大 《張議潮出行図》の２作品を通して、敦煌莫高窟の歴 わかる。議潮の後ろに続く部隊は一族郎党の兵士で “人質”である。その淮深が議潮の意向を受けて865年 敦煌学の権威藤枝晃氏