旧奉天省抚顺の有力者张家について.pdfVIP

Title旧奉天省撫順の有力者張家について Author(s)江夏, 由樹 Citation一橋論叢, 102(6): 842-860 Issue Date1989-12-01 Type Departmental Bulletin Paper Text Versionpublisher URL /10086/11091 Right Hitotsubashi University Repository 旧奉天省撫順の有力者張家について 江　夏　　由　樹 はじめに 　中国東三省は義和団事件の際にロシアの，日露戦争の際にはロシア，日本の 侵略を受け，当時，この地域における清朝の主権は大きく脅かされていた．こ うした事情を背景に，清朝は光緒三十三年（1907），それまでの盛京将軍によ る東三省の軍政支配を改め，関内各省と同様に総督，巡撫を頂点とする行政機 構をこの地域に設けた．初代総督徐世昌，及ぴ第二代総督錫良のもとで，東三 省地方権力は混乱を極めていたこの地域の内政再建に着手した。そうした内政 再建政策の一つとして筆者が注目したのが，旧奉天省公権カによる在地勢カの 組織化であった． 　日露戦争後の混乱期に，東三省の中心的な地域であった奉天省の公権カがそ の統治機構を再構築し，地方の末端にまでその支配を確立していくためには， まず，在地勢カの協カを得ることが必要であった・その背景には，地方官の r本籍廻避」が行われていたために，奉天に赴任した清朝官吏のほとんどが他 省の出身であり，任地の実情に必ずしも明るくなかったという事情があった。　　　’ そこで，滴末の奉天地方権カは省内各地の有カ者を諮議局，議事会，董事会等 の「地方議会」，「地方自治会」のもとに組織し，こうした「地方自治的」な機　　　　． 関を通して，在地勢カを公権カに協カさせていく体制の確立を図ったのである・ 一方，奉天の在地勢カもこうした「自治機関」設立の動きに積極的に呼応した． 彼らは省の政治に対して発言権を獲得し，さらに，公権カを後盾にその在地支 配を一屑強化していくことを期待したのである。辛亥革命が起こり，奉天省に ．842 1日奉天省撫順の有カ者彊家について （95） おいても反清運動が激化すると，他省出身の清朝地方官が独カで省内の秩序を 維持していくことは極めて困難な情勢となった．そこで，清朝の奉天地方官は 地方の実情に通じた諮議局議員等の協カを求め，奉天地元有カ者が清朝地方官 を補佐するという形で省の行政に直接関与し始めた．奉天統治の一翼を担うこ ととなった奉天地元の有カ者は，ここで省の地方官僚としての地位を築き始め たのである。民国成立後，奉天出身の地方官僚は中央政府派遣の地方官のカを 次第に凌駕し，やがて張作霧，張学良政権の中枢を支えていく存在にまで成長 した．さらに，その一部は「満洲国」の成立の際にも重要な役割を果たしてい ウたのである・このように，清末からr満洲国」の時代にいたるまでの奉天近 代史を研究していくうえで，この地域の「在地勢カ」の動向を分析することは 重要な課題であると言えよう1）． 　ここで問題となる点は，r在地勢カ」，あるいはr在地有カ者」という語の内 容である．確かに，清末以降の奉天地方政治はこの地方の「在地有カ者」の手 によって次第に動かされていった・しかし，こうした人物を地方のr有カ者」 たらしめていたその政治的，経済的，社会的な基盤とは何であoたろうか．例 えぱ，土地所有関係の間題から考えた場合，彼らをr地主」という範曙でとら えることは可能であろうか・また，彼らはそれまでの清朝官僚体系とはどのよ うに結ぴついていたのであろうか．彼らの受けた教育，あるいは彼ら相互の姻 戚，交友関係と言ったものはどのようなものであったろうか．本稿はこうした 閲魑を考察していくための一つの手掛かりとして，旧奉天省撫順の実カ者であ った張家の場合について取り上げてみたい．張家はr家世々宮豪を以て聞ゆ」 と言われた奉天屈指の名家の一つであり2〕，清末の奉天同盟会の指導者張椿， また後の張作霧，張学良政権，さらに「満洲国」の高官であっ