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- 2023-09-11 发布于浙江
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風景との対話 東山魁夷
放浪する者は故郷を遠く離れ、その心は絶えず流れ去って行くものに従い、休む時もなく青い山の向こうへ牽(ひ)かれてゆく。それでいて、常に探し求めているものは、心のやすらう場所━━故郷ではないのか。
私も、いつも旅をし、旅を人生とも、芸術とも感じている人間であって、遍歴の象徴としての道は、かなり鮮明な映像となって、心に深く刻みつけられている。
人生の旅の中には、いくつかの岐路があり、私自身の意志よりも、もっと大きな他力に動かされていると、私はこの本の初めの章に書いている。その考え方は今も変らないが、私の心の中に、この一筋の道を歩こうという意志的なものが育ってきて、この作品になったのではないだろうか。いわば私の心の据え方、その方向というものが、かなり、はっきりと定まってきた気がする。しかし、やはりその道は、明るい烈しい陽に照らされた道でも、陰惨な暗い影に包まれた道でもなく、早朝の薄明の中に静かに息づき、坦々として、在るがままに在る、一筋の道であった。
人生には、いくたびか波が打ち寄せてくると言われる。確かに戦争の時は、荒波が私達の頭上に襲いかかり、その激動の中で誰しもが辛うじて生きてきた。水底へ沈んでしまった。人も多い。人間が生きているということは、波の中に漂っているようなものかもしれない。大きな波小さな波が、始終、打ち寄せる
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