宋代春秋学に関する基础的研究.pdfVIP

横山 健一 （中国哲学史） 宋代春秋学に関する基礎的研究 本論文は、宋代を中心とした春秋学に関する基礎的問題を解明したものである。儒教経典の一 つである 『春秋』を扱った学問である春秋学に関しては、従来、漢代と清代との研究が中心であ り、宋代については漢代 と清代との関係の上から捉えられるに過ぎなかった。本論文は、宋代の 春秋学を理解するための、最も基礎的な事柄、すなわち資料の残存状況、解釈文体の特徴、方法 論の特徴の三点に関して、先行研究を踏まえつつ検討を行ったものである。 本論文は、序章、終章を除くと、全四章からなる。先ず第一章では、宋代に著された 『春秋』 の経解書の中で、現存する資料について網羅的に調査を行い、現存資料は明代初期の宮廷蔵書に 等しいことを解明 した。また、それらの資料の詳細な分析によって、宋代春秋学の主流学説を時 代順に割り出し、その学説の意味を明らかにした。『永楽大典』、『通志堂経解』及び『四庫全 書』所収書を比較検討しながら、現存する当該資料の性格を詳細に分析したものは、従来にはほ とんどなく、その基礎的研究の意味は大きい。 第二章では、宋代春秋学における経文解釈の文体の変遷について考察 し、他の時代と異なる学 問的特徴があることを明らかにした。具体的には、宋代春秋学の淵源である三伝注疏の解釈文の 創作方法、宋代春秋学の発端とされる啖助 （724～770）の解釈文の創作方法、宋代春秋学を実質 的に牽引した孫復 （992～1057）と劉敞（1019～1068）の解釈文の創作方法を解明した。宋代春 秋学が最終的に到達した 「集伝」の形態とその成立理由 とを具体的に明らかにしたところに特色 が見られる。 第三章では、宋代春秋学の方法論の変遷について検討を加えた。方法論の中、特に義例説の変 化を取り上げた。具体的には、漢代以来の義例説の特徴、宋代春秋学の義例説の一般的特徴、劉 敞と崔子方に見られる宋代義例説の具体相を明らかにした。宋代義例説が漢代義例説をどのよう に再構築しようとしたかという過程を実証的に分析したものである。 これに続く第四章では、宋代義例説の矛盾の解消方法として三つがあることを明らかにした。 すなわち、史実の分析による矛盾の解消方法、歴史変化を導入した矛盾の解消方法、義例説を単 なる文法の問題に切り替えることによる矛盾の解消方法である。最終的に、三点の整合性を図る ことによって生まれた学説として、呂大圭と程端学の義例説を解釈した。 以上のように、本論 文は、漢代や清代の春秋学と異なるものとして、宋代春秋学の学説の特色を浮き彫りにしたもの である。 本論文は、従来必ずしも純粋な経学としての面が十分に解明されてこなかった宋代春秋学に対 して、現存資料の徹底的な調査検討から始めて、その経解の特色を方法論という面に焦点を絞っ て検討し、実証的に分析解明した労作である。同時代の学問的背景に関する目配りや文章表現な どになお一層の工夫が求められるが、今後の宋代春秋学研究の基礎となるべき研究成果 として、 学界に裨益するものと評価することができる。 よって、本調査委員会は、本論文の提出者が、博士 （文学）の学位を授与されるに十分な能力 を持つものであると認める。