男性が家庭で求められる役割と企業社会の変容介绍.docVIP

男性が家庭で求められる役割と企業社会の変容 木村　智美 Ⅰ　はじめに Ⅱ　家庭で求められる父親の役割 Ⅲ　＜企業社会＞と家族との関係の変容 Ⅳ　家庭の空洞化の要因とその変化 Ⅴ　おわりに Ⅰ　はじめに 　近年、女性の労働市場への進出にともなって、女性の就労支援と少子化対策の観点から「男女ともに、社会生活の場で、また家庭?地域において、共に助け合いながらバランスよく生活できる社会」（伊藤　2003　11）を創出すべきだという声が高まっている。そして、女性のあり方の変容に引きずられる形で、男性の家庭における役割を問い直す議論がさかんに起こっている。しかし、家庭における男性の、特に父親としての役割は、日本でも男女共同参画が本格的に制度化されるかなり前から考察されており、戦後に限ってみても父親論は時代の変化に応じて姿かたちを変えながら議論されている。 変遷する父親論の根本には常に家庭における「父親不在」があり、これをもたらす要因となるのが＜企業社会＞という日本独特の社会構造である。＜企業社会＞とは狭義には「企業内に一つの社会が形成され、その、いわば磁場が中心になって働く社会」のことであり、広義には、企業内部の秩序、そこでの支配的な価値や文化が、学校、家族、地域を含む社会に総体的に浸透?定着していくことをさす。（天野　2006　21）戦後、私的領域である家族のあり方はこの広義の＜企業社会＞によって決定付けられている部分が大きく、企業成長を最優先とし家族はそれに従属するものと位置づけられたことによって起こった「父親不在」は、特に1980年代初頭以降、家庭の空洞化（少年非行、主婦の育児ノイローゼなど）の原因であるとされてきた。また90年代のバブル崩壊以降、長期不景気と競争のグローバル化によって＜企業社会＞の構造自体が大きく変容しているため、それにともなう家庭?家族のあり方も変化してきている。 本稿のねらいは、男性学の視点から父親役割の言説?変遷を追い、その原因を各家庭の個別的な事情とするにとどめず、＜企業社会＞の変容を照らし合わせることで、家庭の空洞化（家族の情緒的関係の希薄さ）の原因と時代による変化を追うことである。 　それにあたって、まずⅡでは多賀太によってまとめられた戦後の父親論の主な二つの言説、＜権威としての父親＞と＜ケアラーとしての父親＞についてその内容と歴史的背景について考察する。そしてⅢでは＜企業社会＞と家族?家庭との関係を木本喜美子による三つの時期区分（1960年代～オイルショック、オイルショック～バブル崩壊、バブル崩壊後）に沿って考察することで、＜企業社会＞の変容による両者の関係の変化を明らかにしていく。さらにⅣでは父親論における二つの言説と＜企業社会＞の時代による変容を照らし合わせることで、1980年代初頭以降に顕在化し始めた家庭の空洞化の原因とその内実の微妙な変化を示唆することを試みる。 Ⅱ　家庭で求められる父親の役割 １　＜権威としての父親＞ 　＜権威としての父親＞とは、「しつけや教育において母親には果たせない役割を父親に求めるタイプの議論」であり、その「しつけや教育に必要とされる父親の権威の源泉を、職業等を通じた家庭外のつながりに求める」ものである。この言説は1960年代の初期、父親が民法改正によって家長としての権限を失い、また高度経済成長の中で本格的に雇用労働者化してきた時期から見られる。（多賀　2006　123） しかし、本格的に流布し始めたのは1970年代半ば以降である。その原因としては①1975年には性別役割分業が絶頂期をむかえ、家庭における「父親不在」がそれまでになく顕在化したこと、②子供の「社会化」（子どもの社会規範の学習や価値観?行動様式の確立を支援するしつけや教育）のためには「父性」が不可欠であるという実証的研究がなされたこと、③1966年に少年非行の戦後第二次ピークをむかえたこと、④ある程度の生活レベルの達成や1973年のオイルショックによる一時的な経済不安定から、今まで「稼ぎ手」として疑われることのなかった父親の役割が問い直されたこと、の４つが主に挙げられている。その後も＜権威としての父親＞言説は姿を変えながら語られ続け、1980年代には少年非行の第三のピーク、1990年代にはバブル不況と少年による凶悪犯罪の発生によって、子供の「社会化」の担い手として父親の役割が重要視されることとなる（多賀　2006　124） 　このように戦後長い期間に渡って広まった＜権威としての父親＞言説の最大の特徴は、父親に求められたのが家庭の「ソト」に基づく権威である、ということである。母親が日常的に子供の「世話」を担うのに対して、父親は家庭における「ハレ」の場におけるしつけ?教育を行い、また「家族の神話の語り部」（正高