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拓銀刑事裁判によせて －経済学者の視点で－ 北海道大学経済学部 濱田　康行 〈はじめに〉 　平成9年の11月17日、北海道拓殖銀行破綻の衝撃が走った。あの“たくぎんさん”が倒産する訳がない。危ないという噂は聞かされていても、どこかで大丈夫だと思わせる、長い歴史の中で培われた信頼のようなものが私達の心の底にあった。しかし、“まさか”は現実となった。そして、あれから10年の月日が経過する。 　テンポの早い経済界において10年といえばひとつの時代を示す長さであるが、拓銀をめぐる司法界の出来事は未だに決着がついていない。 　拓銀裁判には民事と刑事の2つがある。民事は、原告の整理回収機構が拓銀の当時の取締役達を訴えた損害賠償請求事件であり、平成18年3月2日札幌高裁判決が出た。刑事は、背任（本稿では商法上の特別背任を背任と一括する）をめぐって争われ同年8月31日札幌高裁で判決が出された。本稿では後者を取りあげる。 １．事件の概要 　拓銀は平成6年から平成9年にかけてソフィアグループ（現?美容店のチェーンを経営するソフィア、テルメというリゾート施設を運営するタウナステルメ、そしてホテル会社等で構成）に融資をしたが、これを実行した当時の頭取2人（本稿では就任順にXとY）に特別背任罪、融資を受けたソフィアの会長（当時???Zとする）が共謀共同正犯に問われた。 　私は法律の専門家ではないが、金融論の研究者として、さらにまた北大赴任以来“たくぎん”を見守ってきた者として、一つの見方を示しておきたい。一審は無罪、控訴審は有罪となり、被告側の上告により判断は最高裁判所に委ねられたが、そこで確定すれば、将来にわたり金融界とその経営者を律する重い判例となる。それは我が国の金融制度のあり方に重大な影響を与えるであろう。 ２．経済と法律 　経済学者は経済が社会のすべてだとは決して考えていない。経済活動は人間の活動の一部であると考えているが、どのような一部分なのかについては簡単ではない。マルクスに代表される唯物論の系譜は経済下部構造説を主張し、これには社会学者ダニエル?ベル等からの反論があるが、ここでは、経済は社会という大きな円の内側にある内円であるとしておこう。外円、つまり社会は人の集まりである。多くの人が社会を構成するようになったとき、調整のための社会的規範が必要となる。 　経済を社会の内円と仮定したが、この内円にも上記の社会の規範が及ぶ。それが内円の意味だが、経済という内円は次の2つの特徴を持つ。まず第一に、規範や法律などの干渉が強いと活動力が低下する。経済活動は規制?規則がない方が効率的に動くのは経験的事実である。内円である経済が全面展開して社会を覆いつくした体制である資本主義が歴史的に出現するには自由主義思想による地ならしが必要だった。最大の不自由は身分制であるから、人々を“自由”にするブルジョア革命は資本主義発展上の必要条件であった。 　第二に上記より経済活動はまったくの野放図と見られがちだが、そうはならないところが経済という内円の第二の特徴である。ここには、この内円を律する独自の法則＝経済法則があり、その法則を生み出す場は市場と呼ばれる。経済という内円で活動するものはすべて市場の法則に従うのである。経済内円には自生的な秩序があり、必ずしも気ままな世界ではない。 　社会の秩序（法律）は、経済界の秩序?法則を補完する。経済の秩序だけでは経済界はうまく機能しないからである。その理由のひとつは、経済法則が機能するのは経済世界が経済人（合理的な経済活動をする人）で構成されているという前提、いわば善良な人々だという前提があるが、実際にはそうではないからである。 　法律には経済分野を律する独特のものがある。刑法でいう詐欺罪や、今回取り上げている背任罪である。私有財産制度を守る善良な経済人だけを前提にしていれば、詐欺、横領、背任などは生じないはずだから、これらを罰する規範は市場法則の守備範囲にない。しかし実際には生ずるから、そこのところは社会の規範がこれをカバーする。これが補完の意味である。別の表現をすれば、社会の規範は内円を律する経済法則を貫徹しやすくする。 　内円が充実してくると、内円で生じた規範が外円の社会に向かって拡大していく。いわゆる経済私法の生成であるが、いわゆる公法?刑法に属する部分は内円では生まれない。経済にとって刑法体系は外から来るのである。 　問題は、この補完の関係である。経済の内円は自律能力を持つが、その能力をより完全なものにするために外円で生じた規範が引き込まれるのだが、それがあまりに行き過ぎると、不自由を嫌う経済は非効率的になり不活発になる。以上の関係を示したのが【図1】である。 【図１】