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8.産业
Title 8. 産業
Author(s) 清原, 永吏
Citation 金沢大学文化人類学研究室調査実習報告書, 32: 66-76
Issue Date 2017-03-31
Type Departmental Bulletin Paper
Text versionpublisher
URL /2297/46930
Right
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から著作権等管理事業者(学術著作権協会,日本著作出版権管理システムなど)に権利委託されているコンテンツの利用手続については
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8.産業
清原 永吏
1.はじめに
2.地域の産業の概要と変遷
3.現在の産業
4.考察
5.おわりに
1.はじめに
今回の調査の中で、上町地区の人々からそれぞれの仕事や生活についてのお話を聞く
ことができた。そのなかで、地域の産業に起こった大きな変動について知った。本章で
は、地域の工場の特徴からその役割や性格を文献や聞き取りからまとめる。全体として
は 2 節で概要と過去、3 節で現在の様子を示し、4 節で集めた事実についての考察を述
べる。
2.地域の産業の概要と変遷
本節では、まず地域の産業のなかでの第二次産業の位置づけを統計データから示す。
あまり新しいデータは得られなかったが、具体的な数字で地域の産業の移り変わりにつ
いて概観する。続いて『柳田村史』(1975 年)で分かった仕事内容について、聞き取り
調査で伺ったお話とあわせて記述する。
2.1 概要
産業別に見ると、工業にあたる第二次産業の就業割合は昭和 50 (1975)年から 60
(1985)年の間に 23.1%から 31.3%に上がり、それ以後は第一次産業の急激な縮小と
第三次産業の急激な拡大に挟まれながら 35%程度を維持した(『柳田村30 年のあゆみ』
2005 :90-91)。
地域の全体人口は低下しているため、就業人口自体は数としては減少しているのだが、
昭和 50 (1975)年に一度増加してから割合としてはあまり変化がなかったようである。
2.2 これまでの産業
地域の産業は、高度経済成長の影響を受けてからその内容が大きく変わり、上で示し
た割合に影響を与えている。また、忘れてはいけないものとして出稼ぎがある。昭和 50
(1975)年をポイントに、その前後で地域内の工業および地域外への出稼ぎにどういっ
た変化があったかについてまとめる。
66
昭和 30 年代(1955 年)までの製造業
当時の工場は、柳田全体で見てもわずか 12 工場、従業員 38 名のみであり、工業の発
達した地域とは言えない。その中でも零細工場が非常に多く、上町地区にある工場はど
の工場も従業員が 3 人以下であった(『柳田村史』1975 :706)。
村史には瓦製造、製材工業、家具建具業、麹、鍛冶業、採石業についての記述があり、
それぞれの項目についてここでまとめる。
瓦製造
原料となる土や燃料・道路の便などの点から、瓦製造業は一般的に海岸近くに立地す
るものであるのに対し、柳田は内陸の地であり工場を建てるには通常適さない場所であ
るが、合鹿の村境の山では昭和 25 (1950)年頃まで製造が行われていた。地元の赤粘
土を用い、労働力も村内で集めた。カヤ葺屋根から瓦葺に切り替わる時期に地元での瓦
の製造はとても便利であったが、採算があわず廃業になった(『柳田村史』1975 :704-
705)。
製材工業
上町に「角製材所」があった。戦後に木材の需要が高まっており、昭和 28
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