日文《藤野先生》.docVIP

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  • 2020-04-22 发布于江西
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日文《藤野先生》 東京も格別のことはなかった。上野の櫻が満開のころは、眺めはいかにも紅(くれない)の薄雲のようではあつたが、花の下にはきまつて、隊を組んだ「清国 留学生」の速成組がいた。頭のてつぺんに辮髪をぐるぐる巻きにし、そのため学生帽が高くそびえて、 富士山の恰好をしている。なかには辮髪を解いて巻いたのもあり、帽子を脱ぐと、油でテカテカして、少女の髪にそつくりである。これで首でもひねつてみせれば、色気は満点だ。 中国 留学生会館の入口の部屋では、本を若干売つていたので、たまには立寄つてみる価値はあつた。午前中なら、その内部の二、三の洋間は、そう居心地は悪くなかつた。だが夕方になると、一間(ひとま)の床板がきまつてトントンと地響きを立て、それに部屋じゆう煙やらほこりやらで濛々となつた。消息通にきいてみると「あれはダンスの稽古さ」ということであつた。 ほかの土地へ行つてみたら、どうだろう。 そこで私は、仙台の医学専門 学校へ行くことにした。東京を出発して、間もなく、ある駅に着いた。「日暮里(につぽり)」と書いてあつた。なぜか、私はいまだにその名を記憶している。その次は「水戸」をおぼえているだけだ。これは明(みん)の遺民、朱舜水先生が客死された地だ。仙台は市ではあるが、大きくない。冬はひどく寒かつた。中国の学生は、まだいなかった。 おそらく物は稀なるをもつて貴しと

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