須坂市豊丘地区および仁礼地区米子における農業の変容.pdfVIP

地域研究年報　33　2011　1–14 須坂市豊丘地区および仁礼地区米子における農業の変容 伊藤文彬・市村卓司・呉羽正昭 キーワード ：山間地域，農業，高齢化，兼業化，須坂市 一方，高野（2006）は阿武隈山地の中山間農業 Ⅰ　はじめに 地域の地域変容を解明した．そこでは1980年代ま 須坂市の農業産出額は約60億円で，そのうち果 で，養蚕と工芸作物を主体とした複合経営が営ま 樹部門は48億円で，80％を占める（2005年）．全 れていた．しかし，1985年からの生糸価格の低下， 体としては果樹生産が卓越する須坂市であるが， 専売公社の民営化およびタバコの輸入関税廃止な それが主たる農業部門となっている地域は須坂・ どの社会的変化によって，養蚕・工芸作物生産が 井上・豊洲地区などの扇央，扇端地域である．こ 衰退し，稲作単一経営が支配的となったことが明 れに対して百々川・鮎川の扇頂部に位置し，標高 らかにされている． が500～700m の段丘や崖錐地形が発達した（須 以上のように，高度経済成長期以降の社会的・ 坂市史編纂委員会，1981）山間地域の豊丘・仁礼 経済的変化によって，山間地域の生業は大きく変 地区では，果樹の導入が遅れ，1970年頃までは養 容している．またその変容過程は地域によって異 蚕や工芸作物を主体とした複合経営が営まれてい なっており，豊丘・仁礼地区の農業の変容を明ら た．その後，一部の耕地では果樹の経営が開始さ かにするためにはミクロスケールでの研究が重要 れたものの，依然として畑作を中心としてそれに であると考えられる． 稲作が加わる形態が卓越する．一方で，近年の急 本研究では，須坂市の中でも山間地域と位置づ 激な社会的・経済的変化によって，豊丘・仁礼地 けられる豊丘地区および仁礼地区米子を対象地域 区の農業は大きく変容している． として，農業経営の変容を明らかにすることを目 ところで地理学分野では，高度経済成長期以降 的とする． の山間地域の変容を捉えた研究が数多くなされて いる．たとえば吉田（1990）は，愛知県稲武町を Ⅱ　研究対象地域の特性 事例に労働力の流出期，工場誘致期，製造業を中 心とした経済基盤確立期に分け，さらに世帯単位 Ⅱ－１　研究対象地域の概要 のミクロな視点から分析することによって，高度 研究対象地域である豊丘地区および仁礼地区米 経済成長期以後の山村における経済基盤と住民の 子は須坂市の南東部に位置し，その奥山部分は群 就業状況の変容を明らかにした．また岡橋（1980） 馬県嬬恋村との県境に接している．豊丘・仁礼地 は，建設業を中心とする非通年型雇用の支配的な 区は，東村を構成していたが，1971年に須坂市に 岐阜県山村を事例として，そこでの農業および農 編入された．仁礼地区の面積は80.21km2 ，豊丘地 2 であり，須坂市７地区 １）の 民層の動向を解明した． 区の面積は23.10km