個体の発生と分化ⅰ.docVIP

生殖を制御するホルモン機構 上の図はヒトの頭部正中断面図で、図のほぼ中央に見える赤い矢印が脳下垂体（hypophysis cerebri）を示している。図でわかるように脳下垂体はごく小さな器官で、頭蓋骨の下側の凹み（これをトルコ鞍と呼ぶ）に収まっているのがわかるだろう。脳下垂体はヒトだけでなく、脊椎動物のすべての綱（class）の動物に存在する。前章で生殖腺刺激ホルモンという名前が出てきたが、このホルモンは、この脳下垂体から分泌される。 　脳下垂体についても生殖腺刺激ホルモンについても、前章では何も説明を加えずに話を進めたので、ここではホルモン、特に生殖を制御するホルモン機構について調べていこう。 １．　　ホルモン産生細胞Ａ　　　標的細胞＝ホルモン産生細胞Ｂ　　　標的細胞 ホルモン分子Ａ ホルモン分子Ｂ 　ホルモン産生細胞とそこから分泌されるホルモンは、制御工学で言う閉ループシステムを形成している。脳下垂体には、上図のホルモン産生細胞Ａの位置を占める細胞群が複数存在し、生体のホルモン情報を統括する指揮者のような役割をして恒常性の維持（ホメオスタシスhomeostasis）をおこなっている。 生殖に関係するシステムを構成している要素は、生殖腺（雄では精巣testes、雌では卵巣ovary）、脳下垂体（pituitary gland）、視床下部（hypothalamus）で、これらの器官が次の図のようなシステムを作っている。このシステムを、視床下部－脳下垂体－生殖腺系（軸）（hypothalamo-hypophysial-gonadal system or axis）と呼んでいる。 視床下部 （放出ホルモン） 脳下垂体 （生殖腺刺激ホルモン） 生殖腺 （性ステロイドホルモン） 標的器官 雄ウズラを例に取ると、繁殖に適した時機が到来することを知らせる外界の情報（日長の変化や温度の上昇）が最初の刺激として視床下部により受け取られると、視床下部から放出ホルモンが分泌され、脳下垂体に伝えられる。脳下垂体からは放出ホルモンの刺激によって生殖腺刺激ホルモンが分泌され、これが精巣に達してその発達を促す。発達した精巣では生殖細胞である精子がつくられ、それとともに性ステロイドホルモンである雄性（男性）ホルモン、テストステロンの分泌が盛んになる。テストステロンは総排泄腔隆起を発達させ、さらに脳に作用して鳴き声を立てさせ、攻撃行動や交尾行動を引き起こす。 　一方、テストステロンは脳下垂体や視床下部に作用してネガティブフィードバックをかけ、放出ホルモンあるいは生殖腺刺激ホルモンの分泌を抑制する。 　体の中では常に、このようなダイナミックな制御が行なわれているのだが、まずは、上にあげた各要素のうち、すでに前章で説明した生殖腺以外の要素について、少し詳しく見ていこう。 ２．脳下垂体 １）脳下垂体の構造と血管分布 　脳下垂体（hypophysis cerebri, pituitary gland）は、間脳の底部から突き出た構造で、基蝶形骨のトルコ鞍と呼ばれるくぼみにおさまっている。 　脳下垂体は、発生と形態的な違いから、次のように分けることが多い。 　　腺性脳下垂体（adenohypopysis） 主葉（pars distalis） 中葉（pars intermedia） 隆起葉（pars tuberalis） 　　神経性脳下垂体（neurohypophyis） 神経葉（pars nervosa） 漏斗（infundibulum） 　しかしながら慣用的に、腺性脳下垂体主葉を下垂体前葉（anterior pituitary gland）、神経性脳下垂体神経葉を下垂体後葉（posterior pituitary gland）と呼ぶことも多い。また、脊椎動物の綱によって、構造はかなり異なっている。 次の図は、脊椎動物各種の脳下垂体の模式図と主葉に存在する各ホルモン分泌細胞の分布を模式的に示したものである。 ヤツメウナギ、２）硬骨魚類、３）イモリ、４）ヒキガエル、５）カメ、６）トカゲ ７）ウズラ、８）ネコ 　脳下垂体への血管供給は特殊で、門脈系を形成する。 　内頚動脈から分岐した血管は腺性脳下垂体と神経性脳下垂体に別々に入る。内頚動脈から分岐した上脳下垂体動脈は、正中隆起の表面で毛細血管となり正中隆起部表面を網の目のように覆った後、再び集まって脳下垂体門脈を形成し、主葉に流れ込む。主葉内で再び枝分かれして主葉内を流れた後、前下垂体静脈として主葉から出る。 　神経葉には内頚動脈から枝分かれした下脳下垂体動脈が入り、後下垂体静脈から出る。主葉と神経葉から流れ出た静脈は合一して、脳下垂体静脈となる。 　次の図は、ネコの視床下部－脳下垂体周辺の血管分布の模式図である。 ２）脳