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- 2017-05-01 发布于天津
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基础基本へ返れ运动
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テーマ
?Back to Basics運動、基礎基本へ返れ運動
?「ゆとり」指導要領の特徴と問題点
?多様化時代へ
?新指導要領
平成16年10月20日(水) 3班
情報工学科 牧野 寛之
情報工学科 吉田 美幸
情報工学科 山本 和樹
建築学科 吉田 絢子
★★★Back to Basics運動、基礎基本へ返れ運動★★★
西暦アメリカの動き西暦日本の動き1957年
1970年代スプートニック打上げ成功
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スプートニックショック
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『科学技術の遅れを取り戻そう』のスローガンで科学教育の推進として「教育の現代化」運動が進められた。その教育現代化の中で、全米で開発された数学、化学、物理、生物、地学などのカリキュラムは100を越えるものであった。
↓
Back to the Basics運動
数学教育現代化の行き過ぎに対する批判が大きくなり学力の低下が見られたため。
1958年
1968年
1969年
1977年
1989年
学習指導要領改正(系統学習)
?科学技術教育?
?知識成長理論?
スプートニックショックにより経済界から?経済発展に必要とする人材要請??科学技術教育振興?に対する要望が出された。これにより日本も?教育の現代化?なるスローガンを掲げ、急激に教育内容の高度化を進めた。
↓
学習指導要領改正(現代化)
基礎基本へ帰れ運動
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学習指導要領改正(ゆとり)
現代化までの学習指導要領により「詰め込み教育」「受験戦争」などの教育問題や教育内容の多さに落ちこぼれの生徒も増えたため改正を図った。
学習指導要領改正(多様化)<アメリカの動き>
1970年代は、数学科では「基礎?基本に帰れ(Back to the basics)」運動が展開され、アメリカでは、能力主義的教育を要求する動きが全国に拡大した。その後、数学教育現代化の行き過ぎに対する批判が大きくなった。後期中東教育の??衆化により、希望すれば誰でも高校へ進学できるようになっていたし、現代化されなかった国語?英語教育についても数学と同様に学力の低下も見られた。それは、モーリス?クラインの“New math”は難しく、数学的であり過ぎるという批判であった。モーリス?クラインは学力低下に関し、SAT(進学適性検査)、NACOME(全米教育諮問委員会)の学校数学の概観と分析などを資料として、基礎にかえれ(Back to Basics)をスローガンとした。数学の学習内容を基礎的、基本的なものに精選し、生徒が少しでもできるような改革を提唱した。
<日本の動き>
昭和52年、序々に生徒間で学力の差が広がっていることが問題となり、非行の低年齢化が進むようになった。また、学校や家庭内での暴力が起こるようになり、教育が深刻な状況になり国民の関心が高まった。そこで、人間性の豊かな生徒の育成を図り、ゆとりのある充実した学校生活を実現させることを目指し、1997年(昭和52年)に基礎基本を取り入れた学習指導案の導入小?中学校、翌年に高等学校の学習指導要領が改訂された。
○昭和52年に改訂された学習指導要領の内容
昭和43年版の特徴である「教育課程の現代化」批判の立場から、「ゆとり充実」を合言葉に改訂。
各教科の標準授業時間数を削減。
教育内容の1割削減。
教育内容を安易に減らし「落ちこぼれ」対策をしようとする性格をもった学習指導要領。
○基礎基本の学習とは???
スプートニックショックの影響を受け教育の現代化が始まった。しかし、各教科知識量が増えたために過密授業が一般化し、詰め込み教育が問題となり生徒の学力に差がついて結果的に「落ちこぼれ」がうまれてしまった。そして、校内暴力やいじめなどが学力低下を引き起こす原因となった。そこで教育の見直しがされ、学習内容を「基礎的?基本的内容に精選」し、「国民として必要とされる基礎的?基本的な内容を重視する」という目的で「基礎基本」が重要視され、生徒が少しでもできるような改革を提唱し「基本に返れ!」運動が展開された。
○社会的背景と校内暴力
1970年代までは、学校や教師が高い信頼と尊敬を獲得していて?子どもたちの学習意欲が高かった。しかし、1970年代半ばから校内暴力やいじめなどの教育病理現象が頻発するようになり学力低下が騒がれ始めた。また、学力低下の原因は社会的背景にも見出すことができ、経済不況や失業率の増加など社会的不安があげられる。このような背景の下、1960年代、1970年代は『教育爆発の時代』だといわれていた。1980年代になると、学校への懐疑と教師への非難と不信が生まれ始めた。
<大学への進学の推移>
★★★ゆとり
原创力文档

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