04中泽论文3k-山形大学人文学部大学院社会文.PDFVIP

山形大学大学院社会文化システム研究科紀要 第 9 号（2012）59−68 日本語の漢音・呉音と台湾語の読書音・俗音 中 澤 信 幸 （文化システム専攻言語科学領域担当） 方の音が母胎音となっているとする説，あるいは はじめに 朝鮮漢字音が介入しているとする説もある。いず 漢字は本来 1 字＝1 語＝1 音が原則であるが， れにしても資料の制約もあり，その母胎音や伝来 日本漢字音には複数の層が存在する。すなわち漢 経路は十分には明らかになっていない。 とういん 音・呉音および唐音である。これは中国から複数 漢音は中国との正式な国交が結ばれてから遣隋 の時期にわたって伝えられた漢字音が，日本では 使・遣唐使などによって伝えられた字音で，中国 それぞれ異なる場で伝承されたことに由来する。 北方長安音を母胎音としている。当初はそれまで 一方，台湾で話される台湾語音は古代中国語に の「和音」 （呉音）に対して「正音」と呼ばれた。 由来する発音であるが，ここにも複数の層が存在 朝廷や大学寮などで用いられ，漢籍の読書音とし する。すなわち読書音（文言音）と俗音（白話音） て定着していった。一方古くからの呉音は，仏教 である。これはもともと俗音が存在した地域に， において経典の読誦音として存続することにな 中央（北方）から新たな読書音が伝来したことに る。 由来しており，その意味では日本の漢音・呉音と 唐音は鎌倉時代以降に禅宗によってもたらされ アン ドン イ ス よく似ている。 た字音で，「行 燈」「椅子」などの語がある。すで 本稿の筆者は，日本漢字音と台湾語音の近似性 に漢音・呉音が定着した後であり，個別語の字音 を利用した「日台基本漢字」を構想している。そ として定着するにとどまった。 れを実現する上でも，日本漢字音の漢音・呉音と これらの字音はもともと異なる時期に伝来し， 台湾語の読書音・俗音の問題は避けて通ることは また異なる場で使われ続けたもので，体系的な違 できない。しかしながら台湾語の読書音・俗音の いというわけではなかった。ただし仏教教学にお 問題を正面から取り上げた論考は，これまでほと いては，漢音との対比から呉音の整備が行われて んどなかったと言ってよい。本稿はこの台湾語の いたようである。 読書音・俗音の関係を，日本漢字音の漢音・呉音 江戸時代に入ると，中国から伝えられた韻図で の関係と対照させることにより，その位置付けを ある『韻鏡』をもとに，漢音・呉音が体系的に整 試みるものである。 備されるようになる。文雄『磨光韻鏡』 （1744 年 刊，延享元）がその草分けで，これは後に「字音 1 漢音・呉音と読書音・俗音 仮