京鎌仓往还-shonan.PDFVIP

京鎌倉往還 川澄武雄 湘南新道（戸塚－茅ヶ崎線）に「堂面」っていうバス停があるだろ。その脇の東へ 入る道のことだけどサ。ドンとジェットコースターのように落ちてボーンと昇ると、そこ からは300m 位かな・・なだらかな下り坂がまっすぐに続いて、どん突きが引地川の 堤さ。岸辺では川鵜やかもめ、鴨たちが羽を休めているヨ。 川向こうの鵠沼運動公園トレーニングジムには何年か通ったね。途中この道を往く のが、とても楽しくって飽きないのよ。車一台がやっとの通りで、どこにもある平凡な 小路なんだけどね。アタシはこの道が大好きでね。なんつーか体内リズムにぴったり 合うんだな。通るたんびに嬉しく胸騒ぎがするのヨ。 道の両側は辻堂東海岸と太平台の閑静な住宅街さ。お家だって坂道に建つわけ だから、盛り土をして石垣を巻いてあるのがいいね。いま頃は塀の内に新緑の庭木 が花をつけだして、春の陽気がいっぱいだよ。車に出くわすこともほとんど無いね。 たまに聞こえるのは子供たちの喚声や小鳥たちのさえずりくらいさ。元気な子供たち はいつ見てもいいもんだ。辻小や湘洋中の生徒かな・・。 いつか小林政夫さんという、もと校長先生の話を聴いたことがあるんだ。「もの知り 博士」でね・・その小林先生が言うには、この堂面からの道が「京鎌倉往還」といって、 鎌倉時代の国道１号線っていうからブッたまげたネ。 そりゃあアタシだって辻堂の宝泉寺あたりを鎌倉道が走っていることは知ってたよ。 「三つ又」に案内板も建ってるからね。でも、このいつも歩いている道が京鎌倉往還 だったとは・・。だいたい古官道というのは中国でもローマでも、ドーンと果てしなく、 まっすぐ一本道だもんね。 小林先生によると、昔は引地川の川幅はもっと広くて、 渡しがあったそうな。そこから江の島へ出て腰越を抜けて鎌倉入りしたのだろうネ。 小林先生の話を聞いてやっとガテンがいったね。なんでアタシがこの路を往く時に なぜか胸騒ぎがして、妙になつかしい思いにかられたか、っていうことサ。アタシの ご先祖はここを何回も通っているんだよ。 アタシは名の有る源氏の武将の末裔なんだ。佐々木とか梶原のナンとか、いるじゃ ん？ そんなアタシのご先祖さまは緋縅の鎧をつけて駿馬にまたがってこの路を 往ったネ。率いる郎党数百人が源氏の白い旗指物を背中にさして続いていたろうよ。 風になびいて白い花々が挨拶してたよ。ユキヤナギ、こぶし、木蓮・・。平家の紅い 花も呼応していたね、海どう、つばき、石楠花なんかさ。 ちょっと気になるのがアタシのDNA に有る優雅さなのよ。鎌倉の武将でなければ 鎌倉に下向する勅使・・勅使を先導する若武者だな。左近ノ兵衛とかいって、大きな 飾り太刀を佩いて背中では美しい弓矢が揺れてたね。鹿毛の馬にもはらはらと桜花 が散っていたサ。 エ？ ナニ・・当時あの辺りは砂丘だけで何も無かったはず、風に吹かれて砂が目 や鼻に飛び込んで困っただろう・・って。これだからリアリストはキライだよ。ったく！ 人が折角いい気分になっているのにサ。これでも館では「お館さま」とよばれる武将 なのよ。馬上で笛の音くらい馳走してくれてもいいだろ？竹垣の奥のお屋敷に姫君 がいてだナ、一騎当千の武者に想いをこめた やさしい調べなんだよ。 どうだい・・「京鎌倉往還」ってカッコイイ道のこと、すこしは分ったかい？ ンまだ分 からない？困った人だね。じゃあさ、実際に往ってお出でよ。もっとも往ったからとい って、アータがアタシほどに感激するかわからないけどね。なにせアタシとはご先祖 様が違うのだから。