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石狩支庁管内农业农村整备事业概要.pdf

石狩支庁管内农业农村整备事业概要

石狩支庁管内農業農村整備事業概要 2008 (あい風に乗って/石狩市厚田区) 石 狩 支 庁 管 内 の 概 要 あ ら ま し  石狩支庁管内は、北海道の西部に位置し、東西約70㎞、南北約120㎞にわたる地域で、   北西部の約72㎞は海岸線で日本海に面しています。総面積は3,540k㎡で全道の面積の 4.2%にあたり、鳥取県よりやや大きく、奈良県、埼玉県よりわずかに小さい。  管内は6市1町1村からなり、14支庁中13番目の広さであるが、人口は平成19年末住 民基本台帳調べでは、231万人と全道の約41%を占めている。 自 然 条 件 等  管内の土壌は、石狩川流域の肥沃な沖積土、南部の樽前系火山灰土、篠津の泥炭土に大別さ れ、当別町から石狩市、江別市から北広島市にかけての強酸性重粘土壌や、恵庭市南部から千 歳市にかけての火山性放出物未熟土等、一部不良土壌があるが、概ね平坦な農耕適地である。  気象は年間降水量1,000~1,300㎜、年間日照時数2,000時間、農耕日の日照 率47%、夏季平均気温20℃程度で一般に温暖な気候だが、南部では夏季に太平洋の冷風を 受けるため、千歳全域が北海道寒冷地畑作振興地域の指定を受けている。 管 内 農 業 の 概 要 お い た ち  農業の開発は、安政4年(1857年)に幕臣山岡精次郎等が琴似村発寒、手稲村星置に入 地したのが始まりである。その後、明治3年(1870年)に奥羽地方からの募集移民118 戸が苗穂、丘珠、円山、札幌に入植、翌明治4年(1871年)に同じく奥羽地方からの移民 367戸が花畔、生振、月寒、平岸、白石、手稲、篠路、対雁に入植、また仙台支藩岩出山藩 主伊達邦直率いる第一陣43戸が聚富を経て当別に移住した頃から石狩地方の本格的な農業開 発が始まった。 管内の稲作は、安政5年(1858年)早山清太郎等が琴似、手稲で水稲の試作をしたのが 起源であるが、本格的な発展は、島松に入植した中山久蔵が明治6年(1873年)に渡島か ら移入した赤毛種の栽培に成功した時に始まる。  牛の飼養は明治7年(1874年)に七重勧業牧場から、馬、羊、豚とともに牛が札幌官園 に移された時から始まったが、当時の米国からの農業指導者や札幌農学校の関係者は牛乳を飲 用していたといわれており、また、市乳販売を業としたのは岩淵利助が札幌市大通西5丁目に 開業したのが最初であると伝えられている。 農 業 の 特 質  管内は、札幌市の急速な発展、都市計画法に基づく札幌圏(札幌市、江別市、北広島市、石 狩市)千歳・恵庭圏の都市計画の決定、高速道路をはじめとする道路網の整備、さらに石狩湾 新港の建設など、札幌市を中心とする広域都市化の形成が一段と進み、それに伴い人口の集中 化、企業の進出が進展する情勢にあり、農用地は都市化等に伴い逐年減少する趨勢にある。  管内農業は、稲作を中心に発展してきたが、近年は小麦、豆類等の畑作物や、野菜、花卉を 含めた複合化が進み、これに畜産を加えて様々な形態の農業が展開されている。  また、札幌を中心とした大都市圏に隣接する利点を活かして、農産物の直販や、観光農園、 市民農園などの都市と農村の交流が活発に行われている。          石狩支庁管内道営農業農村整備事業費事業別割合 (平成20年度当初予算) 畑総1地区 一般農道1地区 特定管水路3地区 かん排1地区 7百万 1% 80百万  2% 157百万   4% 6百万  1% 集積加速化3地区 202百万  6% 水田支援緊急3地区 568百万   17% 経営体育成18地区

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