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- 2022-10-01 发布于浙江
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「エー、遊(あす)びの噺(はなし)を申し上げます」。五代目古今亭志ん生の「お直し」はこうして始まる。この高座が評価されて、1956年度の芸術祭賞を受けた。悪所とも呼ばれた遊郭が舞台なのに、である。
文部省も意外なことをすると思ったのか、まくらで志ん生はいう。「どういうもんですかな、ええ。粋(いき)ですね、大臣さんも」。万人向けの作品とはいえない。人間の業を描いて凄惨(せいさん)ですらある。それを笑いにした名人芸を畏怖(いふ)すべきなのだろう。
古い挿話を思い出させてくれたのは、高倉健さんのおとといの記者会見である。文化勲章の親授式を終え、来し方を振り返って語った。200本以上という膨大な数の映画に出演してきたが、「ほとんどが前科者をやりました」と。
たしかに東映時代の高倉さんは任侠(にんきょう)路線を支える看板スターだった。?背中(せな)で泣いてる唐獅子牡丹(ぼたん)……の世界である。「そういう役が多かったのに、一生懸命やっているとちゃんと見ていてもらえるんだなあと、素直にそのことを思いました」。
「昭和残侠(ざんきょう)伝」や「網走番外地」に通い詰めた方も多かろう。義理と人情を秤(はかり)にかけつつ、我慢の末に殴り込む。みんなの健さんは〈着流し姿がぴたりと決まり、三白眼が侠客(きょうかく)らしい鋭さを出して〉いた(日下部五朗『シネマの極道』)。
人の世の悪を減らすことはできるかもしれないが、人間の業は残るだろう。高倉さんの言を借りるなら、「役の人物の生き様」を通して、私たちも「社会を知り世界を観(み)」るのだ。
第五代古今亭志生之落语——“换房”首句便开宗明义:“嗯。。。下面我要讲一个关于声色享乐的故事”。虽然讲的是花街柳巷的风流韵事,该落语却落语备受好评,并获得1956年的艺术节奖。志生在枕词中嘲讽道,没想到文部省也有“惊人”之举啊,“这文部省大臣是怎样的一个人呢,嗯,也算是风流倜傥一表人才呢。”这算不上是一部人皆可悦的作品,其中甚至有对人类恶业的凄惨描绘。而以此作为笑料的大师手笔只怕也会令人望而生畏吧。这让我想起前天高仓健先声记者见面会上的一则轶事。文化勋章的亲授仪式结束后,他回顾过往时自嘲说,虽然参演了数量惊人的200多部电影,“但基本都是扮演有前科的人”。东映时代的高仓确实是支撑侠客电影路线的中流砥柱。他开创了一个男儿有泪不轻弹的“唐狮子牡丹”(高仓健代表作,《昭和残侠传:唐狮子牡丹》)的世界。“那样的角色虽多,但只要竭力去做,大家便会认真去看,我当时就是抱着这样一个简单纯粹的念头。”反复观看《昭和残侠传》和《网走番外地》的人应当为数不少吧。虽然会权衡道理人情,但忍无可忍时还是会诉诸武力。“身着便装、决断迅速,以三白眼显示侠客的犀利。”(日下部五朗《电影流氓》)这便是属于大家的高仓健。世间坏事虽可能减少,人类恶业却无法根除。借高仓健一语便是,通过“剧中人物的生存状态”我们可以“观世界百态,晓社会人伦”。
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